そのとき、温かい手が彼女の髪を優しく撫で、低くかすれた優しい声が聞こえた。「藤原錦一のやつ、また余計なことを言ったな!」
これは彼が自分で好んでやっていることだった。仕事に出かけるときも、任務を遂行するときも、橋本燃の名前を身につけていることで、安心感と確かさを感じていた。
彼はこういった小さな細部で燃を感動させようとは思っていなかった。
「ちゃんと運転に集中して!」燃は田中黙の手を取り、優しく握ってから、ハンドルに戻した。
彼らはようやくお互いを受け入れたのだから、命を大切にしなければならない。
生きていてこそ、共に過ごす時間がある。
以前の黙は命知らずだったが、今の黙は命を何よりも大切にしていた。
燃が彼に運転に集中するよう言えば、彼は真剣に運転に集中した。
燃の錦園から大統領宮までは車でたった20分の距離だった。
すでに深夜で、道路には車も少なく、黙の運転技術なら10分ちょっとで錦園に到着した。
車が停まりエンジンが切れるとすぐに、燃は機敏な小狐のように素早く身を乗り出し、黙の腕の中に潜り込み、少し震える指で彼の服の胸元の印を開いた。
同じように、深緑色の服の印の下に、彼女の名前を見つけた。
その刺繍の精巧さ、力強く優雅な、まるで印刷されたかのような二文字を見て、燃は柔らかな声で尋ねた。「あなたが自分で刺繍したの?」
「刺繍の出来は期待を裏切らなかったかな?」黙は湿り気を帯び、特に可哀想で魅力的に見える燃の瞳を見つめながら、甘やかすような声で尋ねた。
「どうして私の名前を服に刺繍しようと思ったの?」燃は鼻をすすり、涙が流れ出ないようにした。
「制服が支給される時、上司はいつも名前と血液型といった命を守る重要な情報を書くように指示する。それは緊急時に命を救うためだ。
私は自分が生き残れるとは思っていなかったから、命を守ることは考えていなかった。ただ、自分にとって最も大切なものは何かと考えた。
何が重要で、常に身につけていたいと思えるものか。考えに考えて、一ヶ月も悩んだ末に出した結論は、君だった。
不思議なことに、君の名前を身につけると、まるで君が本当に側にいるかのように感じた。訓練中も任務遂行中も、体には無限のエネルギーがみなぎった。