「以前の潔癖症だった人間はすでに罪に応じて『死んだ』。今あなたの前にいるのは、戦区での数え切れない過酷な訓練を経て、何も恐れない田中黙だ」
戦区でのあの訓練に比べれば、糞まみれの野良猫を抱くなんて何だというのか?
彼らは糞溜めの中で身を潜めて待ち伏せしていたんだぞ!
うっ!
こんな臭い話は、もちろん橋本燃の前では言えるはずがない。
田中の言葉を聞いて、燃は彼が過去の自分は最低な人間だったこと、過去の態度は全て演技で、わざと彼女を標的にして行動していたことを伝えようとしていると理解した。
実際のところ、燃は過去のことはもう気にしていなかった。ただ彼が野良猫の汚れを気にしないことに驚いて、何気なく聞いただけだった。
「じゃあ、どうする?ペット病院に連れて行く?夜中だからペット病院はやってないよね?」
「何がペット病院だ、お前が最高の医者じゃないか?医者は最初は動物で実験するんだろう。この子猫の足を治せると信じてるよ!」
「私のことを神様みたいに思いすぎよ。私だって普通の人間で、何でも診れるわけじゃないわ」燃はそう言いながら、子猫の後ろ足を調べようと手を伸ばした。
黙は横に避け、燃が触れないようにした。
「きれいに洗ってから診てもらうよ!」
彼女が汚れを気にしないことは分かっていたが、それでも彼女の手を汚したくなかった。
野良猫や犬の体には細菌がたくさんいるのだから。
「じゃあ早く帰りましょう!」燃は黙の腕に手を回そうとした。
「俺は汚いから、離れてろ!」
燃は黙の言うことなど聞かず、強引に彼の腕をしっかりと抱きしめた。
「あなたが細菌感染を恐れないなら、医者の私が何を恐れることがあるの?私はあなたの腕を抱きしめたいの。何が起ころうと、あなたをしっかり抱きしめて、一緒に全てに立ち向かうわ」
燃は冗談めかした表情でそう言ったが、黙はその言葉の真摯さを感じ、鼻の奥がツンとした。
もし腕の中に野良猫を抱えていなければ、彼は間違いなく燃をきつく抱きしめていただろう。
彼女を百回転させて、どれだけ嬉しく興奮しているかを示したかった。
最初は必死に暴れていた野良猫も、二人の優しさを感じたかのように、目を閉じて大人しく眠り始めた。
猫は夢を見ていた。