第15章 それは3年前のことだから
古川海音が差し出した小切手を見て、後藤澄玲は半信半疑で尋ねた。「お母さん、これはどういう意味？」
古川海音は言った。「葉山千代があんなに北都にまとわりついているのは、北都から金を引き出したいだけよ。彼女がお金が欲しいなら、私たち母娘が渡せばいいのよ」
「だから澄玲、この小切手を彼女に持っていって、母親と弟を連れて高城市から出て行くように言いなさい。そうしなければ、北都からは一銭も引き出せないと」
古川海音の2000万円の小切手を見て、後藤澄玲は苦笑するしかなかった。
普段は賢明な古川海音が、なぜこんな時に判断を誤るのだろう！
「お母さん、私がこんな風に葉山千代を訪ねたら、自分から火の中に飛び込むようなものよ。彼女はこのお金を受け取らないし、高城市から出て行くこともないわ」
もし本当にこの小切手を持って葉山千代に会いに行けば、それは自分を死に追いやるようなもので、自分と陸橋北都の離婚を早めることになる。
まだ子供も妊娠していないのに！
しかし古川海音は言った。「澄玲、この件は私の言う通りにすれば、絶対に間違いないわ」
「まず小切手を葉山に渡しに行って、私がその後で彼女に会いに行くわ。彼女はきっとプレッシャーに耐えられないわ。でなければ、どこでこの2000万円を稼げるというの？どうやって母親と弟を養うの」
後藤澄玲は「お母さん、これは…」
後藤澄玲が言い終わる前に、古川海音は彼女の言葉を遮った。「澄玲、あなたはただ正直すぎるのよ。葉山はずる賢いから、あなたは彼女に勝てないわ」
古川海音の感情が高ぶっているのを見て、後藤澄玲はこれ以上道理を説くのをやめた。
彼女が葉山千代に勝てないのではなく、陸橋北都の心が彼女のところにないからだ。彼女が余計なことをすればするほど、逆に惨めに負けることになる。
なぜなら、審判の心はすでに偏っているのだから。
「澄玲」
古川海音が再び彼女を呼ぶと、後藤澄玲は我に返り、小切手を受け取った。「わかったわ、行ってくるわ」
古川海音がこれほど固執するなら、後藤澄玲は彼女に従うしかなかった。そうしなければ、彼女が先に動いてしまい、事態はさらに醜くなるだけだ。
大騒ぎになれば、彼女自身と陸橋家の評判にも良くない。
古川海音の小切手を受け取った後藤澄玲は、翌日すぐに葉山千代との面会を約束した。
カフェで、彼女は葉山千代に多くを語らず、ただお金を持って母親と弟を連れて出て行くように言っただけだった。
葉山千代は真っ青な顔で、一言も発しなかった。
しかし正午になると、夏目孝程から電話がかかってきた。「若奥様、社長が午後時間があれば会社に来るようにとのことです」
電話を切ると、後藤澄玲は無力に笑った。
陸橋北都が彼女を呼んだ理由は、ほぼ予想がついていた。
案の定、30分後、彼女が陸橋北都のオフィスのドアを開けると、葉山千代が委屈そうな表情で彼の椅子の横に立っているのが見えた。
ゆっくりと中に入ると、陸橋北都が冷たい表情で朝の小切手を彼女の前に投げつけた。「これはお前が彼女にやったのか？」
陸橋北都が小切手を投げた直後、葉山千代は委屈そうに説明した。「澄玲、私と北都はあなたが思っているような関係じゃないわ。あなたは本当に誤解しているの」
葉山千代が被害者のような態度を取っていたが、後藤澄玲は彼女を相手にする気もなく、平然と陸橋北都の向かいの椅子を引いて、無関心に座り、足を組んで笑った。「どうしたの？あなたの愛人が気に入らないの？」
そして続けた。「それとも私に2000万円くれない？離婚協議書を作らせて、あなたたち二人を成就させてあげるわ」
後藤澄玲の無関心な態度に、陸橋北都の顔は一気に曇った。
傍らで、葉山千代も驚き、後藤澄玲を見て小声で言った。「澄玲、これはたった2000万円よ」
彼女は後藤家の令嬢なのだから、2000万円のために離婚するはずがない。
このとき、後藤澄玲はようやく葉山千代を見上げ、淡々と笑って言った。「あなたと彼は情が金より重いけど、私と彼はこの程度の価値しかないのよ」
あの日、屋敷で彼はトイレで済ませることを選び、彼女に触れることもなく、さらに約束をすっぽかして葉山千代と過ごした。
今回も彼女のために、面と向かって非難し、責めている。
こんなことが何度も起きていて、どんなに良い気質と忍耐力があっても、心は疲れ、諦めたくなる時もある。
今回葉山千代に小切手を渡したのは、大喧嘩の準備もしていたし、陸橋北都が問題を大きくする準備もしていた。
後藤澄玲の軽い態度に、陸橋北都は彼女を見つめ、突然心臓が強く締め付けられるような感覚を覚えた。
後藤澄玲をしばらく見つめた後、彼は顔を葉山千代に向けた。「葉山千代、先に出ていってくれ」
陸橋北都が彼女に出て行くように言うと、葉山千代は言った。「北都、澄玲は故意じゃないわ、ただ少し誤解があるだけよ。澄玲と喧嘩しないで、ちゃんと説明すれば何も問題ないわ」
そう言って、後藤澄玲にも二言三言諭してから、ようやく陸橋北都のオフィスを出た。
廊下で、葉山千代はドアを閉めて振り返ったとき、思わずオフィスを振り返った。
彼女は誰にも言ったことがなかったが、後藤澄玲が羨ましかった。なぜなら、後藤澄玲だけが陸橋北都の感情を揺さぶり、彼に関心を持たせることができるからだ。
たとえそれが怒りであっても。
オフィス内。
後藤澄玲はドアが閉まるのを見て、手を伸ばして陸橋北都が先ほど投げた小切手を拾い上げた。
陸橋北都はそれを見て、顔を上げて尋ねた。「後藤澄玲、本当にもう続ける気はないのか？」
陸橋北都の質問に、後藤澄玲は顔を上げ、軽くため息をついて言った。「陸橋北都、あなたに対して、私はもう十分頑張ったわ」
言外の意味は、離婚するか続けるかは、すべて陸橋北都の一言次第で、彼女は引き止めることも、だらだらと引きずることもしないということだった。
実際、この2年間、もし陸橋北都が本当に離婚協議書を彼女の顔に投げつけ、本気で離婚を望んでいたなら、彼女も無理強いはしなかっただろう。
たとえ将来母親になれなくても、子供を産めなくても。
たとえ彼を好きだったとしても。
人間は生きていく上で、ある程度の尊厳は必要だ。しばらくは必死にしがみつくことはできても、一生しがみつくことはできない！
後藤澄玲の淡々とした口調、淡々とした言葉に、陸橋北都は突然反応しなくなった。
彼は言った。「後でまだ会議がある。夏目に送らせる」
後藤澄玲は堂々と椅子から立ち上がった。「自分で帰れるわ」
しかし夏目孝程は頑固で、陸橋北都が後藤澄玲を送るように言ったので、どうしても送ると言い張った。
後藤澄玲は笑うしかなく、車のキーを彼に投げた。「じゃあ私の車を運転して。後でタクシーで戻ってきて」
後藤澄玲の車のキーを受け取り、夏目孝程は車のドアを開けて乗り込んだ。
しばらくして、車が動き出し、夏目孝程はハンドルを両手で握り、顔を後藤澄玲に向けて言った。「若奥様、実は社長と葉山秘書はあなたが思っているような関係ではないんです。先日、葉山秘書の家に少し問題があって、彼女自身も調子が良くなかったので…」
夏目孝程が言い終わる前に、後藤澄玲は彼の言葉を遮った。「あなたの上司は私が誤解しても気にしていないのに、あなたが彼の代わりに焦る必要はないわ」
「社長は恥ずかしがっているんです」
「恥ずかしがっている？」後藤澄玲は笑った。「それなら彼にそのまま恥ずかしがらせておけばいいじゃない！」
「若奥様、本当にあなたが思っているようなことではないんです」
「夏目さん、あなたがそんな風に説明すると、私の心はさらに複雑になるわ。最初は彼女が愛人だから彼が優しくしているのかと思ったけど、あなたは彼女が普通の友人や同僚だと言うのね。それなら私の夫は妻である私よりも普通の同僚や友人を大事にしているということ」
「夏目アシスタント、あなたは私の傷口に塩を塗っているのよ！」
……後藤澄玲の機知に富んだ言葉に、夏目孝程は返す言葉もなかった。
再び後藤澄玲を見ると、彼女の顔は気にしていないように見えたが、目には自嘲の色が浮かんでいた。
夏目孝程は言った。「若奥様、社長が葉山秘書を気にかけるのには理由があるんです」