小さな団子ちゃん

滑るように走る車の中、夏挽沅は本革のシートに深く身を預け、くつろいでいた。車の性能が良いためか、窓の外の景色が高速で流れ去っていくにもかかわらず、車内にいればその振動をほとんど感じない。

前世で王朝が再興してからは、摂政長公主として最高位の待遇を受けてきたが、現代の自動車と比べてしまえば、あの頃の最も豪華な馬車でさえ色褪せて見える。

摩天楼が林立し、ぽつり、ぽつりとネオンが灯り始める。途切れることのない人の流れ、賑わいと喧騒に満ちた街並みが、夏挽沅の瞳にきらびやかな光の帯となって映り込んでいた。

なんて、素晴らしいのだろう。

夏挽沅は心の底からそう思った。幼い頃は蝶よ花よと育てられた皇族の暮らしも経験したが、王朝が崩壊してからは、幼い弟妹を連れて乱世を流浪した。あまりに多くの動乱を経験し、あまりに多くの無常を見てきた。

今、目の前に広がるこの平和で穏やかな、人々の息遣いに満ちた光景を前にして、心から満ち足りた静けさを感じる。ようやく、この時代に少しだけ溶け込めたような気がした。

物思いに沈むうち、車が停まったことに気づかなかった。

「お嬢様、到着いたしました」運転手に声をかけられ、夏挽沅はようやく千の思索の海から引き戻される。

「ここで待っていてください」

そう言うと、夏挽沅はドアを開けて車を降りた。出かける際にワンピースの上からロングコートを羽織ってはいたが、春の夕暮れはまだ少し肌寒い。思わず袖を掻き合わせた。

インターナショナル幼稚園は、帝都で最も名高い名門幼稚園だ。ここに通う子供たちは、誰もが富豪か名家の生まれである。少し来るのが遅かったのか、園の門の前には、まばらな人影が残るだけだった。

すでにお迎えの時間は過ぎてしまったらしい。夏挽沅は名残惜しさを感じながらも踵を返した。だが、その矢先。まるで何かに引かれるようにふと振り返ると、守衛場の窓の向こうで、透き通った黒ブドウのような瞳が、こちらをじっと見つめていた。

この身体に残る、不思議な母性のせいだろうか。夏挽沅は、あの子が恐らく、元の身体の持ち主が薬を使い、名ばかりの夫と一夜を共にした末の産物なのだろうと察した。難産の末、丸一日苦しんでようやく生まれた子。それに加えて、夫からは見向きもされなかったため、元の持ち主はその鬱憤をこの子にぶつけ、母親としての義務を果たさず、ひどくこの子を憎んでいた。

だが、この身体を受け継いだからには、自分の子供が孤児同然に育っていくのを黙って見ているつもりはなかった。夏挽沅自身、十歳の時に父帝と母后が国に殉じ、その身をもって知っている。寄り辺のない子供が、どれほど孤独で苦しいものかを。

笑みが、ふわりと目元に浮かぶ。夏挽沅は、あの子の方へと歩み寄った。

守衛場のドアを開け、その子の顔を見た瞬間、夏挽沅は自分の子だと完全に確信した。

「宝ちゃん、お母さんが迎えに来たわ。一緒におうちに帰りましょう」

夏挽沅はそっとしゃがみ込み、まだあどけない頬のふくらみを残した小さなお団子のような子を見つめる。記憶の中からその子の愛称を呼び起こし、優しい声で語りかけた。

しかし、目の前の団子ちゃんは、どこか怯えているようだった。濡れたような瞳でちらりと夏挽沅を見上げると、ためらいがちに、そして悲しそうに俯いてしまう。

「あれ?お姉さん、あんたさては人攫いか?坊主、この人、本当にあんたのお母さんかい?」

門番さんは最初、このあまりに美しい女性の顔立ちが子供とどこか似ているように感じていた。だが、子供の拒絶するような様子を見て、これは誘拐犯ではないかと疑い始める。その手は、誰にも気づかれぬよう、そっとインターフォンのボタンのそばへと伸びていた。

門番の言葉を聞いて、団子ちゃんは再び顔を上げて夏挽沅を見た。すると、その瞳の中に、今まで一度も見たことのない優しさと笑みが浮かんでいることに気づく。今までのお母さんは、こんなふうに僕を見てくれたことなんてなかった。僕が近づくと、いつも「あっちへ行け」と追い払うだけだった。でも、今のこの人は、なんだかとても温かくて、思わずそばに行きたくなってしまう。

「宝ちゃん、お母さんと一緒に帰ってくれる?」その哀れを誘うような眼差しに、夏挽沅は胸が締め付けられるような愛しさを覚えた。思わず手を伸ばし、その柔らかな髪を撫でる。元の身体の持ち主が残していったこの小さな命が、見れば見るほど愛おしくてたまらない。

不意に頭を撫でられ、団子ちゃんはきょとんとした。ただでさえ大きな瞳が、さらに大きく見開かれる。これが、お母さんがいるってことなのかな?

「……うん」

団子ちゃんは、お母さんがいるという感覚を、今まで一度も味わったことがなかった。幼稚園のお友達は、毎日お父さんやお母さんが迎えに来てくれる。それが、たまらなく羨ましかった。たとえ、これが気まぐれだったとしても構わない。彼もお母さんがほしかった。

子供のはっきりとした肯定を聞いて、門番はようやく彼らを行かせる気になった。夏挽沅は団子ちゃんの手を引き、自分の車へと向かう。

車内で待っていた運転手は、夏挽沅が坊ちゃまの手を引いてこちらへ歩いてくるのを見て、目を丸くした。大きい影と小さい影、二つ並んだ姿は、意外なほどしっくりと馴染んでいる。夏お嬢様は、ご自分のお子様をあれほどお嫌いだったはずなのに。明日は槍でも降るんじゃないか?

それに、旦那様はあの奥様のことをひどくお嫌いで、坊ちゃまが近づくことさえお許しにならないはずだ。この一件を、旦那様はご存じなのだろうか。夏お嬢様はまた、とんでもない面倒事を起こすおつもりなのか。旦那様の容赦のないやり方を想像し、運転手は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

「家にお願いします」夏挽沅が宝ちゃんを連れて後部座席に乗り込んでも、運転手はまだ呆然としていた。

「は、はい、お嬢様」

よそう、俺のようなしがない運転手が、余計な心配をすることじゃない。運転手は慌ててエンジンをかけた。

「旦那様、幼稚園からの連絡によりますと、坊ちゃまが夏お嬢様に連れられてお帰りになったとのことです。監視カメラを確認しましたが、間違いなく夏お嬢様本人でした」

イヤホンから響く報告に、書類に目を落としていた男はぴたりと動きを止めた。次いで、その瞳に険しい嫌悪の色がよぎる。

「あの子を屋敷に連れ戻せ。離婚協議書はできているのか?」

「弁護団はすでに待機しており、書類も作成済みです。明日には執務室にお届けできます」

「……ああ」

その一言を最後に、だだっ広いオフィスは再び静寂に包まれた。窓の外に広がる華やかな世界の喧騒とは隔絶された、氷のような静けさだった。

夏挽沅が団子ちゃんを連れてヴィラに戻る頃には、空はすっかり暗くなり、ぽつぽつと星が瞬き始めていた。

団子ちゃんは、車に乗ってからずっと夏挽沅の腕の中に抱かれていた。まだミルクの匂いがする、ふわふわと柔らかい小さな塊。今まで夏挽沅とこんなふうに触れ合ったことがないためか、少し緊張している様子だった。

「さあ、おうちに帰ってご飯にしましょうね、宝ちゃん」

夏挽沅は腕を伸ばして団子ちゃんを車から降ろし、その小さな手をしっかりと握った。

「うん」夏挽沅にそう呼ばれて、団子ちゃんの幼い頬が、ぽっと二つ、朱に染まった。宝ちゃんだなんて、初めて呼ばれた。今までのお母さんは、自分のこと「疫病神」って呼んでたのに。

そう呼ばれていた時のことを思い出すと、悔し涙がじわりと目に浮かぶ。そっと夏挽沅の顔を盗み見た。お母さんが、ずっとこのまま優しかったらいいのにな。

息子の視線に気づき、夏挽沅が顔を向けると、そこには小さな唇をきゅっと結び、目に涙をいっぱいためてこちらを見上げる、愛らしい子供の姿があった。夏挽沅の心は、ふわりと柔らかなもので満たされていく。

前の人生では、全ての気力を夏国の復興と弟妹たちの世話に費やし、自分の子供を持つことはなかった。今、こうして自分だけの小さな命が腕の中にある。その事実に、瞳が優しく潤んだ。

夏挽沅はゆっくりとしゃがみこみ、子供の頭を撫でて、その大きな瞳をまっすぐに見つめた。

「宝ちゃん、今までごめんなさいね。これからは、お母さんがずっと大切にするから」

夏挽沅の言葉に、団子ちゃんは目を丸くした。お母さんが、僕を大切にしてくれるって。本当なのかな?

何度も近づいては、そのたびに突き放され、傷つけられてきた。もう二度と、この意地悪なお母さんなんか好きにならないと心に決めていたのに。でも、やっぱり、お母さんがほしかった。お母さんの愛が、欲しくてたまらなかった。

夏挽沅の顔に浮かぶ優しい微笑みと、頭に置かれた手のぬくもりを感じて、彼はついにぱっと顔を綻ばせた。そして、笑いながら夏挽沅の胸に飛び込んでいく。

ミルクの香りがする小さな塊が、腕の中に飛び込んできた。母と子の繋がりというものが、本当に存在するのだろうか。夏挽沅の心は、大きく揺さぶられていた。

車の音が聞こえ、李さんが迎えに出てきた。夏挽沅が夕食に戻ることだけでも驚きだったのに、母と子が楽しそうに抱き合っている光景を目の当たりにして、彼女は衝撃で固まった。お嬢様は、坊ちゃまのことをあれほどお嫌いだったはずでは?これは、一体どういう状況なのだろう。

それにしても、ここで長く働いてきた彼女には、何に口を出すべきで、何に口を出すべきでないか、よく分かっていた。顔から驚きを消し、夏挽沅の方へと歩み寄る。

「お嬢様、坊ちゃま、お食事のご用意ができております。どうぞ、ダイニングへ」

「ええ、行きましょう」

夏挽沅が宝ちゃんを離すと、宝ちゃんは少し名残惜しそうにした。お母さんの腕の中は、とても温かくて、離れたくなかった。恨めしそうに李さんを一瞥すると、ようやく小さな足を踏み出し、夏挽沅の歩みに必死でついていく。

その場に残された李さんは、きょとんとしていた。私は、何か坊ちゃまのお気に障るようなことをしてしまったかしら?

家の中に入ると、テーブルにはすでに食事が並べられ、照明の下で湯気を立ち上らせていた。

「お嬢様と坊ちゃまがお揃いでお帰りになるとは存じませんでしたので、ありあわせの家庭料理しかご用意できず……すぐに作り直させます」

夏挽沅が結婚してからこの家に住んで三年になるが、ここはただ眠るための場所でしかなかった。時間さえあれば外へ飛び出し、家で食事をすることは滅多にない。

使用人たちは給料をもらっているので、彼女がいようといまいと毎晩食事を用意するが、誰も食べない日が続くため、いつも簡単なものを作るだけになっていた。どうせ夏挽沅は帰ってこない。結局、残りは自分たちで分けて食べてしまうのだ。

テーブルの上の料理に目をやる。四品と一つのスープ。決して質素ではない。ただ、かつての浪費家だった元の持ち主にとっては、ずいぶんと見劣りする食事に映ったことだろう。

「いえ、結構です。これで十分よ。李さん、宝ちゃんの手を洗わせてあげて」

てっきり大声で罵られると身構えていた使用人たちは、皆驚いた。今日のお嬢様は、あまりにも物分かりが良すぎる。

ヴィラの中は常に快適な温度に保たれている。夏挽沅はコートを脱いだ。人の暮らしを快適にするための、この現代の様々な技術には、何度でも驚かされる。