背中だけでも、君時陵は一瞬で夏挽沅だと分かった。
「行かないで」君時陵は手元の書類を置き、急いで立ち上がってドアまで大股で歩き、夏挽沅の手首を掴んだ。
挽沅は君時陵が自分の手を握っているのをちらりと見た。時陵はすぐに彼女の手を放した。
「忙しいんじゃないの?邪魔しないわ」夏挽沅の言葉には、彼女自身も気づいていない怒りの色が混じっていた。
「忙しくないよ、入って」時陵は挽沅の手から弁当箱を受け取り、彼女を中へ招き入れた。
挽沅はソファに座り、眼鏡とマスクを外した。時陵は彼女の表情に冷たさが漂っていることに敏感に気づき、心の中で疑問に思った。誰が彼女を怒らせたのだろうか?
「今日、会社はどうだった?」時陵は探るように尋ねた。
「いいわよ」
これで時陵は確信した。挽沅は誰かに怒らされたのだ。
通常なら、挽沅は会社で起きたことを彼に話して共有し、彼のアドバイスを求めるはずだ。今のようにたった二言で済ませるのは、明らかに怒っている証拠だった。
「さあ、食べよう」時陵は料理を並べ、箸を挽沅に渡した。彼女は箸を受け取り、黙って食べ始めた。
スペアリブを一切れ口に入れると、時陵の目が温かくなった。「君が作った料理だね」
「うん」挽沅は短く返した。
いつものように、時陵は挽沅の好きな料理を彼女の茶碗に取り分け、自分は彼女が好まない部分を食べた。
「鄭お嬢さん、入ることはできません」オフィスの外で騒がしい声がし、挽沅は突然、箸で料理を取る動きを止めた。
「どけ!私と君社長は幼なじみよ。あなたたちなんて何者?私を止める権利なんてないわ」
鄭菲の家は権力が強く、彼女はどこへ行っても取り巻きに囲まれ、誰にも止められたことがなかった。すぐにボディガードに秘書を押しのけさせた。
君時陵のオフィスに入ろうとした瞬間、ドアが突然開き、鋭い威厳を放つ時陵がドアに現れた。鄭菲は目を輝かせた。「時陵お兄さま、私は鄭家の妹よ。あなたの使用人たちは礼儀知らずね、私を止めるなんて」
時陵は彼女を冷たく一瞥し、携帯を取り出して電話をかけた。
「もし自分の家族を管理できないなら、彼女を7号監獄に送ることも厭わないよ」
相手の返事を待たずに、時陵は電話を切った。そのとき林靖も警備チームを連れて上がってきた。