君時陵は「蓮池の月明かり」の店主に電話をかけた。ちょうど午後で客も少なかったため、君時陵が来ると聞いた店主は店内の準備を始めた。
めったに外出する機会もないし、その場所は郊外にあると聞いていたので、夏挽沅は自分で車を運転して行くことにした。
そして黒いブガッティ・ラ・ヴォワチュール・ノワールが帝都の街に姿を現した。
帝都がどれほど金持ちの多い場所だとしても、ブガッティ・ラ・ヴォワチュール・ノワールのような最高級スーパーカーは、お金があるだけでは手に入らないものだった。
「へえ、またどこかのお坊ちゃまが美人の彼女を連れて街を走り回ってるのか?」
「金持ちはいいよな。俺もお金持ちになったら、彼女と一緒にドライブしてみたいよ」
スーパーカーが近づくにつれ、人々は運転しているのが女性だということに気づいた。スーパーカーが轟音を立てて通り過ぎた後も、議論の声が残った。
「間違えた、お金持ちの女が若い男を連れて走り回ってるんだ」
「俺はいつになったらお金持ちの女性に養ってもらえるんだろう?」
「お前に何ができるんだよ?なんでお金持ちの女性がお前を養う必要があるんだ?」
「俺は食べるのが得意だぞ。一食で白米六杯はいける」
「..............ふん」
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約二時間ほど車を走らせ、ようやく郊外の果てしなく蓮の葉が広がる湖のほとりに到着した。もうすぐ真夏を迎えようとしていた。
蓮の花はまだ咲いていなかったが、湖一面に広がる蓮の葉は青々とした緑の絨毯のようだった。
君時陵は車から降り、傘を取り出して開き、挽沅を日差しから守った。
挽沅が想像していたのとは違い、「蓮池の月明かり」の店は大きくなく、緑の木々に囲まれた小さな庭園だった。庭には小川が流れ、外の湖とつながっていた。大きなプラタナスの木が庭に緑の木陰を作っていた。
白髪交じりながらも元気そうな老人が庭に歩み出てきた。
「秦おじさん」君時陵はその人に向かってうなずいた。
秦凱は口元を緩めて笑った。「久しぶりだな。今は君社長と呼ぶべきかな?」
「冗談を言わないでください。やはり君ちゃんと呼んでください、親しみを感じますから。こちらは私の妻、夏挽沅です」君時陵は秦凱に挽沅を紹介した。
挽沅は「妻」という言葉にもう慣れていたので、特に違和感を覚えなかった。