第329章 ベイビー 寵愛に甘える

この女は、天が彼を苦しめるために送り込んだ存在だった。

丸二十時間、彼女に会いに戻りたいという衝動を抑えるのに、どれほどの自制心を使ったか神のみぞ知る。

だが彼女の軽やかな一言「あなたが恋しい」で、彼は完全に降参してしまった。任務中でなければ、今すぐ飛行機に乗って彼女のもとへ戻りたかった。

「何よ？」夏挽沅は「恋しい」と言った後、少し恥ずかしくなり、自分の唇を少し跡がつくほど噛んでいた。

ビデオ通話ではなかったが、これだけ長く一緒にいると、君時陵は挽沅の一つ一つの仕草を熟知していた。「乖しい子だね、唇を噛まないで」

挽沅は彼のこの「乖しい子」という言葉に顔を赤らめたが、それでも時陵の言うことを聞いて、歯から唇を離した。

「物語を聞かせてあげるから、ちゃんと寝なさい」君時陵はこちらで忙しかった。彼はしばらくこちらに来ていなかったので、処理すべき事が山積みだった。

「物語はいらない、歌が聞きたい」時陵の声があまりにも優しすぎて、挽沅はもともと気取った女性ではなかったが、このような圧倒的な包容力の前では、思わず甘えてしまった。

「はは」時陵の笑い声が電話から聞こえてきた。「宝物、これは甘えているのかな？」

「誰があなたの宝物よ」二度の人生を生きてきた挽沅は、誰からも「宝物」と呼ばれたことがなかった。それも人を溶かしてしまいそうな声色で。挽沅の顔全体が真っ赤になった。

しかし心の中の喜びと甘さは、止めどなく溢れ出ていた。

「いいよ、甘えていいよ」時陵は笑いながら、溺愛に満ちた声で言った。「いつでも許すから」

時陵は挽沅のアルバムの歌を歌い始めた。挽沅は時陵が歌うのを聞いたことがなかったが、否定できないことに、時陵の声はもともと非常に美しく、電話越しではさらに磁性を帯びていた。

「君社長の歌がこんなに上手いなんて知らなかった」挽沅は褒めた。「どうして前に聞かせてくれなかったの？」

「これからは君が好きなら、毎日歌ってあげるよ」時陵の笑みを含んだ声が届いた。

「あなたはどうしてそんなに甘い言葉を言うの」

「本心だよ、君にも分かるはずだ」時陵がそう言うと、挽沅は黙り込んだ。確かに彼女には分かっていた。時陵の心からの愛情と大切にする気持ちが。それは挽沅が受け止めきれないほど重いものだった。