佐藤真理子は、もう迷っていられないと顔の雨水を手の甲でぬぐい、立ち上がって走り出す準備をした。
雨はますます激しく降り、空では稲妻と雷鳴が渦巻き、まるで今にもすべてを叩き壊す勢いで地上に落ちてきそうだった。
佐藤真理子が川沿いの大きな岩から土の道へ跳び降りて、走り出したそのとき――水たまりだらけの道に、急に黒い丸太がぬっと現れた。いや、丸太どころじゃない。水桶くらいある巨大な木の塊が、信じられないスピードで自分の方に滑ってくる。
佐藤真理子はゾッとした!
足を上げて飛び越えようとしたが、雨で足元が滑り、真理子はそのまま地面に倒れこんでしまった。まさにその瞬間、頭のすぐ上を稲妻が駆け抜ける。目もくらむ閃光、続いて天地を揺るがす轟音。真理子は倒れた拍子に、その“丸太”にしがみつく形になり、何度も体が揺さぶられる。そして、目の前が急に真っ暗になり――意識が遠のいた!
佐藤真理子は気がつくと、あの黒い丸太は跡形もなく消え、真理子は雨で洗い流された土の道の上に横たわっていた。雨はだいぶ小降りになり、雷ももう聞こえない。
体をゆっくり動かしてみる。どこもケガはしていない。雷にも打たれていないみたいだ。
辺りを見回すと、先ほど雷に撃たれたカエデの木は無惨な姿になっていた。さらに驚いたのは、さっきまで自分が腰掛けていた河岸の大きな石台――子供たちがよくジャンプ台にしていたあの岩が、信じられないことに三つに割れていたのだ。裂け目はまるで怪物の大きな口のようで、今にも何かを飲み込んでしまいそう。思わず背筋がぞくっとする!
恐ろしい、自分は本当に命拾いしたんだ!
佐藤真理子が立ち上がると、左手のひらが何かでぬるぬるしているのに気づいた。振っても取れない。何だろうと思い手を開いてみると――そこには親指大の、緑色に透き通った丸い珠が、ひっそりと乗っていた!
呆然としながらその珠を見つめていると、急に頭の中がふらっとしてきた。佐藤真理子が目を閉じると、どこからともなく妙な音が聞こえてきた。ネズミが鳴くような、いや、風が唸るような、不思議な響き――。頭の中がざわざわし、次第に何かのイメージがはっきりしていく。そして――佐藤真理子は再び衝撃を受けた!
まるでSF映画を体験したような……いや違う!ファンタジー映画だ!
映像の中に現れたのは、白蛇伝や七夕伝説みたいな世界。ただし、ここにはロマンチックな恋愛なんてなく、巨大な蛇が自分の意志を人間の言葉に変えて、佐藤真理子の脳内に直接語りかけてきた。
話はシンプルだった。千年を生きた大蛇が雷に撃たれそうになった――いわゆる“渡雷劫”というやつだ。そのとき、大雨の中、ある生まれ変わった少女が川辺でぼんやりしていた蛇はカエデの古木の洞に身を隠し、何度か雷に打たれてはみたものの、最後の一撃はさすがに耐えきれないと焦って木の穴から飛び出した。水に逃げようとした矢先、雨に打たれて駆け寄ってきた少女とバッタリぶつかる。彼女は転んで蛇の体に倒れこんだ!
もし、あのまま雷が直撃していたら、蛇は重傷で済むかもしれないが、少女は確実に死んでいただろう。でも、天は少女を“再び生きる者”としてここに送り込んだ――その命は、そう簡単には奪われない。雷は進路を外れ、代わりにあの巨大な石台を粉々にした!
偶然にも、少女が助ける形で、蛇は劫難を乗り越えたというわけだ。
こんな奇跡、望んで得られるものじゃない!
蛇は最初から少女が「生まれ変わり」だと見抜いていたが、自分から近づくのは禁物だと思っていた。天の理には逆らえないし、無理に接触すれば千年分の修行も消えてしまう。でも、少女の方から来てくれた――これこそが運命なのだ!
そして、蛇もタダで恩を受けるつもりはなかった。だから、少女の手に残った緑の珠。それはお礼として蛇が託したものだ。これでもう、互いに借りも貸しもない!
脳内でここまで見せられて、佐藤真理子は思わずため息が出た。
目を開け、右手の中指で左手の掌にあるその美しく滑らかな緑の珠をそっと撫で、長く息を吐き出した:もう一度確認したこと——私、佐藤真理子は、本当に生まれ変わったのだ!
蛇の持っていた法宝の中で、人間が使えるのはこの珠だけらしい。珠の中には“上古の霊泉”が封じられているという。何千万年も前に絶滅したと伝わるその水は、今の人間にとっては、まさに万能薬も同然だとか。
しかも、珠の中には小さな空間があって、蛇はすでに佐藤真理子の血を使って珠を「認主」させておいた。だが、今の佐藤真理子の体はひどく弱く(蛇曰く「朽ち木レベル」)、今は空間に自由に出入りできない。とりあえず、霊泉の水だけは取り出して飲めるらしい。まずはその水で体を整えて、いつか中に入れる日を待つしかない!
ふと、カエデの木を見上げる。蛇はあの木の洞で助かったが、木自身は雷にやられてしまった。蛇は心の中で、「あの木にも霊泉をかけて、少しでも元気を取り戻させてやってほしい」と頼んできた。
佐藤真理子は急いでカエデの木のそばに駆け寄り、左手を根元に当てて、心の中で“霊泉よ、出ておいで”と念じる。すると、手のひらから透き通った水がスッと湧き出して、地面にしみ込んでいった。
「本当に水が出た……。これ、ちゃんと効くのかな?」
木の幹をそっと撫でながら、佐藤真理子は小声でささやく。「今度時間があるときに、もっと霊泉をあげに来るからね。もし効いたら、また枝葉が伸びて、前みたいに元気になれるはずだよ!」
今日一日、本当に色んなことがありすぎた。雷のせいで耳も変になったし、体力ももともとない。佐藤真理子は迷わず、手のひらを口元に寄せて、珠の中の霊泉をすくって飲んでみた。すっきりして甘い味が広がる!
すぐに体が軽くなって、疲れも不安も消えていった!
「やっぱり、千年蛇に嘘はないわね!」
再び左手を開くと、さっきの緑の珠は消えていて、代わりに針の先ほどの小さなホクロが、手のひらにぽつんと残っているだけだった!
佐藤真理子が左手を胸に当て、ドキドキする鼓動を落ち着かせながら、ゆっくりと村の方へ歩き出した!