奥田梨子は病院を出ると、すぐに会社に戻らず、運転手に前方の「怠け者カフェ」に向かうよう指示した。
彼女は先ほど会った川木信行のことを思い出した。
奥田梨子はゆっくりと口元を歪め、彼を見るのは本当に吐き気がするほど嫌だった。
失ったものは失ったまま、なのに何を情熱的に元妻を取り戻そうとしているのか。
こういう男は純粋に自分勝手な感情に陥っているだけだ。
自己陶酔。
もう一つ言葉で表すなら、「下劣」だ。
車が止まった。
寿村秘書が振り向いて尋ねた。「社長、怠け者カフェに到着しました」
奥田梨子はカフェの方を見て、うんと頷いた。「少し座っていくわ」
寿村秘書が車から降りて梨子のためにドアを開けようとしたが、梨子は「必要ないわ」と一言言った。
彼女は今日シンプルなシャツとスーツのパンツを着ていた。背の高いスタイルで、カフェに入ると店内の何人かの客の視線を集めた。
「いらっしゃいませ」
店主は分厚い黒縁の眼鏡をかけていた。彼は丸々とした体型で、笑顔で梨子に何を飲むか尋ねた。
「カプチーノを一杯、ありがとう」
奥田梨子は支払いを済ませ、カウンターに携帯を置き、人差し指で携帯を軽くたたいた。
店主は携帯を一瞥し、頷いた。彼はドリンクのメニュー表を携帯の上に置いた。「お客様、他に何かご注文はありますか?当店のケーキはとても美味しいですよ」
「ケーキはいりません」
「かしこまりました。お客様はまずお席をお選びください。後ほどコーヒーをお持ちします」
奥田梨子は頷いた。「ありがとう」
彼女は窓際の席を選んで座った。
奥田梨子はコーヒーを一杯飲み終えると、携帯を取って怠け者カフェを出た。
彼女は指先で携帯をきつく握りしめていた。
彼女が持っている携帯は、帰国した時に森田綺太から渡されたものだった。
あの男は言ったのだ。「この携帯を使いなさい」と。
奥田梨子はその時からこの携帯が森田綺太に監視されている可能性を疑っていた。
カフェの店主は文田大輔の知り合いで、自分で携帯を修理できる男だった。
先ほど店主がコーヒーを持ってきた時、彼女に「有」という字を書いて渡した。
森田綺太は本当に隙のない大変態で、この携帯に盗聴器まで仕掛けていたのだ。
奥田梨子は昨夜車の中で畑野志雄に娘のことを話さなかったことに安堵した。