異なる血

蓮は混乱していた──いや、怯えていた。

それでも、彼は誇り高きプロフェッショナルだった。

数年前にフリーの暗殺者としてデビューして以来、着実に名を上げてきた男。評判もあり、守るべきプライドもある。

再び銃口を前に向け、引き金を四度、素早く引いた。

バン! バン! バン! バン!

反動が手のひらを叩きつけるように返ってくる中でも、彼の照準は一切ブレなかった。

紅の胸を再び一発が貫く。もう一発は首元を撃ち抜き、一発は左目を直撃、最後の一発は額に穴を開けた。

いずれも致命的かつ正確な一撃。

自身の目で確かめられる、完璧なヒット。

傷口からは暗い液体がにじみ出ており、確かに命中している証拠だった。だが──現実は、何も変わらなかった。

彼女は傷ついていなかった。ほんの少しも、だ。

苦しい声も上げず、顔をしかめることもなく、不気味な笑みをそのまま浮かべていた。黄金の瞳は蓮を見つめたまま──まるで興味深そうに、あるいは楽しげに──彼の次の行動を期待しているかのようだった。

だが、それだけでは終わらなかった。

「…嘘だろ」

蓮の口から、思わず言葉が漏れる。

はっきりと目に見える形で、紅の身体の傷口が蠢いた。

穴から湧き出すように闇があふれ出し、それが傷を覆い、塞いでいく。皮膚は逆再生の映像を見ているかのように修復され、夜着の血染めすら跡形もなく消えていった。

その瞬間、蓮は悟った。

目の前にいる女は──人間じゃない。

人間の皮をかぶった、理解しがたい“何か”だった。

「くっ!」

低くうなり声を上げて、蓮は飛びかかった。

使い物にならなくなった拳銃を投げ捨て、背中に差していた短刀に手を伸ばす。逆手で素早く抜き、柄を握る指に力を込める。動きは鋭く、迷いがなかった──刃物そのもののように。

二歩で距離を詰めた。

そしてそのまま、ためらうことなく目元めがけて刀身を振り下ろす。

──だが、紅の微笑みは消えなかった。

白く華奢な腕を一振りしただけで、彼女はその一撃をはねのけた。

ぶつかった瞬間、蓮は感じた。

鋼鉄の塊が直に骨にぶつかったような衝撃。腕は即座に痺れ、短刀は宙を舞い、壁に突き刺さった。柄しか見えないほど深く。

「ぐっ...!」

腕に走る激痛と痺れ、そして骨が何本かやられた感覚。蓮はよろめきながら後退し、距離を取った。顔をしかめ、奥歯を食いしばる──怒りと恐怖の混ざった視線で、女を睨みつける。

だが、紅は追ってこなかった。

反撃もせず、ただ窓辺に立ったまま、まるで何事もなかったかのように穏やかな姿勢を崩さない。その薄い微笑は不気味なほど自然で──だからこそ、恐ろしい。

そのとき、蓮は気づいた。

──彼女の「目」。

それまで気づかなかった。無意識に避けていたのか、それとも攻撃に集中していたせいかはわからない。

だが今、光に照らされたその瞳は──黄金色に輝き、縦に細長いスリットが走る──爬虫類のようなものだった。

背筋に冷たいものが走った。獲物を見定める捕食者の視線──本能が叫ぶような、全身を凍らせるような恐怖。

逃げ出したい。そう感じた。

だが、蓮の頭は冷静だった。

彼女の一撃は、まるでトラックに正面衝突されたかのような威力。素手で挑むのは自殺行為。拳銃は弾切れ、短刀は回収できない距離。

冷静に判断すれば、答えは一つ。

──詰んでいる。

彼女の監視の下では、逃げ出すことすら困難。

「さっき…逃げるチャンスだったのに」

紅が呟いた。声は穏やかで、どこか興味深げだった。

「どうして逃げなかったの?」

まだ混乱と恐怖の中にいた蓮は、時間を稼ぐしかなかった。

少しでも情報を引き出せれば──数秒でも猶予ができる。

「…さあな。逃げたところで、許してくれるのか?」

声は乾いていた。ほとんど諦めに近い。

「俺は…お前を殺そうとしたんだぜ?」

「殺そうと──した?」

紅の目が見開かれる。まるで、その発想自体が信じられないかのように。

そして、次の瞬間。

彼女は笑った。

「あははははっ!そんなオモチャで私を殺せると思ったの?」

まるで一世紀ぶりに聞いた冗談のように、心の底から愉快そうに笑っていた。

だが蓮には、笑えなかった。

冷気が体中に広がっていく。足が震える。それが恐怖なのか、アドレナリンなのか──もうわからなかった。

彼女が何者なのかはわからない。

だが、一つだけ確かなことがあった。

──人間じゃない。

瞳だけではない。その存在感、その動き、その強さ──すべてが「異質」。

「で?」

笑い終えた紅は、目元の涙を拭い、再び微笑みかけてきた。

「これからどうするの?斬崎蓮さん」

「…」

蓮は答えなかった。答える必要はなかった。

勝ち目はない。それは確定している。

なら、やることは一つ。

再び彼女の瞳を見つめる。その視線は刺すように鋭く、意識は限界を超えようとしていた──だが、それでも彼の思考は冴えていた。

生き残る。それだけを考えて。

──紅がまばたきをした瞬間。

蓮は動いた。

背ポケットから小型の物体を取り出し、ピンを引き抜いて、彼女との間に放り投げる。

紅の目が、その飛翔を追ったその刹那──蓮は背を向け、全力で駆け出した。

キィイイン!

木の床に一度跳ねたそれは、直後、閃光と轟音を爆ぜさせた。

閃光弾。

蓮は振り返らなかった。階段へ向けて一直線に走り、跳ぶように駆け降りる。足には激痛、筋肉は限界に悲鳴を上げていたが、スピードは落ちなかった。

五秒後には、もう一階へ。

迷わず、裏口へと向かう。この建物の構造は頭に入っている。まるで何年も住んでいたかのように、動きに一切の無駄がない。

置き去りにしたブリーフケースには一瞥もくれず、扉を開けて外へと飛び出す。

──だが。

逃げながらも、何かがおかしいと感じた。

視界の隅々まで警戒し、左右を確認しながら走る。

事前に、周囲の路地は完璧に記憶していたはずだ。

だが、今走っているこの道──

見覚えがない。

「おかしい…ここは…どこだ?」