第291章:甘いですか?

古川真雪は唇を引き締めて微笑み、答えなかった。

「夏目宣予の小説を読んだ?」真雪は突然、横目で久保清森を見た。

少し酒を飲んだせいか、彼女の眉目には人を酔わせるような艶やかさが漂い、清森に向ける視線は慵懶でありながらも、魅惑的だった。

清森は無意識に首を振った。「読んでない。ゴミ箱に捨てた」

その真剣で忠実な表情は、まるで真雪に自分が彼女の味方だと伝えているようだった。

真雪は納得したように頷き、グラスの赤ワインを一気に飲み干すと、ボトルを取って再びグラスに少し注いだ。

「お酒ばかり飲んでると胃に悪いよ。ほら、イカの天ぷらを食べて」

そう言いながら清森は箸を取り、イカの天ぷらを一本取って、ソースをつけてから真雪の口元に差し出した。

真雪は彼を一瞥し、それから目を伏せて彼が差し出したイカを見てから、ようやく口を開いた。

「今日の昼間、暇だったから彼女の本を全部読んだわ。やっぱり目が痛くなるわね。あなたは読んでないなら、小説の内容を話してあげるわ。私だけが気持ち悪い思いをするわけにはいかないから」

真雪の淡々とした言葉に、清森は苦笑いを浮かべた。彼は頷いて、続けるよう促した。

「ヒロインの中村暖月は17歳の時に児童養護施設で主人公の鎌田敬賢と出会ったの。二人は同じグループに配属されて、子供たちと一緒に絵を描いていたわ。

暖月は敬賢が子供たちに接する優しくて思いやりのある態度に惹かれて、それからは毎週末その施設に現れるようになったの。一つはボランティアをしたかったから、もう一つは敬賢に会いたかったから。

長い間一緒に過ごすうちに、二人はお互いに好感を持つようになったわ。二人が雨の日に軒下で避難してキスをしたって聞いたわよ。しかも初キスだったらしいわね。甘酸っぱいでしょう?」

真雪は言葉を一旦切り、横目で清森を見た。彼女の目には刃物のように鋭く人を射抜くような光が隠れていた。

清森は真雪の目と合った時、干笑いをしたが、心の中ではこのエピソードについて全く記憶がなかった。

「甘酸っぱいとは思わないな。当時何か事情があって、主人公がやむを得ずヒロインとキスしたんじゃないかな」

記憶の中では、彼と宣予は実際にキスをしたことはなかった。当時二人ともとても初々しかったからだ。

「そう?」真雪はワイングラスを手に取り、軽く揺らした。