「どうぞ」
彼はドアノブを回し、ゆっくりとドアを開けた。
デスクの後ろに座っていた古川真雪が顔を上げ、久保清森のあの穏やかな瞳と目が合った瞬間、思わず一瞬固まった。彼の手に持たれた満開のシャンパンローズの花束に目をやると、口をとがらせて言った。「朝早くからご機嫌取りに来て、何の魂胆?」
彼女のイタチがニワトリに年賀状を贈るような、良からぬ考えを警戒する態度に、清森は苦笑いするしかなかった。
彼はデスクの前まで歩み寄り、手に持った美しく包装された花束を向かいの真雪に差し出した。「これはご機嫌取りじゃなくて、ロマンスというんだよ」
真雪は花を受け取り、ソファの前まで歩いて座った。彼女はテーブルの花瓶から枯れかけた花を取り出し、花束からシャンパンローズを一本ずつ取り出して花瓶に挿していった。
「病気は良くなった?」
「うん、朝家を出る時はまだ少しめまいがしたけど、君を見たら不思議と良くなったよ。真雪は僕の薬だね、見るだけで効果抜群」
真雪は嫌そうに顔を上げ、口先の上手い清森を一瞥した。彼は無邪気な顔で彼女を見つめ返し、その整った眉の間には微かに知的な笑みが漂っていた。
彼女は素早く視線を落とし、真剣な様子で花を活け続けながら、容赦なく追い出す言葉を口にした。「そろそろ仕事に行くべきじゃない?」
清森は手首を上げて腕時計の時間を確認した。確かにもうこれ以上留まるわけにはいかなかった。
「うん、じゃあ先に行くよ。また後でね」
清森は真雪に軽く手を振り、そして振り返って彼女のオフィスを後にした。
オフィスに真雪一人だけが残ると、彼女は手の動きを止め、ここ数日の清森の奇妙な言動を思い出し、なぜか可笑しく感じた。
こんなに幼稚でしつこい清森は、以前のあのクールな男性とは正反対で、本当に目を見張るものがあった。
清森が去ってまもなく、一台の黒いBMWセダンがうお澄苑の入り口に停車した。
運転手はバックミラー越しに後部座席に座る二人の尊い人物を見て、敬意を込めて声をかけた。「奥様、二少爷、到着しました」
その声に中島黙の彷徨う思考が現実に引き戻された。黙は無意識に窓の外にあるこの優雅で堂々とした建物を見つめた。