バラエティの対照組

ライブ配信の画面は、長谷川一樹がカードを開いた、まさにその瞬間で停止していた。視聴者の目には、コメント欄だけが正常に時を刻んでいるように映る。

やがて、朝比奈初がゆっくりとフレームインし、先ほどまでの光景が静止画ではなかったことを証明した。

それにしても、この番組のスタッフは、実に視聴者を煽るのがうまい。コメント欄が「回線が悪いのか?」と混乱に陥っているのを分かっていて、カメラは一向にカードのアップを映そうとしないのだ。

一樹が呆然と立ち尽くしているのを見かねて、初は自ら彼の方へと歩み寄り、同じフレームに収まった。その視線を、彼が持つカードの上へと落とす。そして、表情ひとつ変えずに言った。「……お手柄じゃない」

その一言に、コメント欄は再び沸騰した。一樹が一体何を引き当てたのか、好奇心が爆発する。

【早く結果を見せろって!!】

【「お手柄」って、どういう意味だ?俺が考えてる通りの意味か?】

【なんか、ものすごく嫌な予感がするんだが……】

【じれったい!いったい何なんだよ!】

【番組、わざとやってるだろ。絶対見せない気だ】

コメント欄がツッコミの嵐で埋め尽くされる中、カメラはようやく一樹の手元にあるカードの内容を捉えた。数秒間、そのカードがデカデカとアップで映し出される。

――土壁の家。

写真で見る限り、その家はボロボロで、見るからに古びていた。

一樹は、珍しく冷静だった。彼は顔を上げ、複雑な表情で初を一瞥する。そして、カメラの前で、かろうじて残った自分の尊厳を守ろうと試みた。「……確率の問題だ」

だが、初は一切の容赦なく切り捨てる。「運が悪かったなら、素直にそう言えばいいものを。確率なんて持ち出して、見苦しいわよ」

ぐうの音も出ない一樹の姿に、視聴者たちは無慈悲な笑いの声を上げた。

【土壁の家wwwwwwこの結果には大満足だわ】

【草。また言い訳してやがる、長谷川一樹のやつ】

【wwwwwwwwwちょ、一樹まだ見栄張ってんのかよ。義姉さんに見透かされてんぞ】

【義姉さん、マジでとんだとばっちりだなwww何もしてないのに土壁の家に住むハメになるとか】

【義姉さん、運がなさすぎる。役立たずの一樹と一緒じゃ、苦労する未来しか見えん】

住居の選択が終わり、各組は目的地へと出発する準備を始めた。番組のルールに従い、ここでスマートフォンをスタッフに預けなければならない。

提出する前に、ゲストたちは大切な人に一本だけ電話をかけることが許された。斎藤姉弟は祖母へ、そして篠田佳子は、誰もが予想した通り、夫に電話をかけた。

佳子がビデオ通話を発信すると、三秒と経たずに相手が出た。画面に、名優・奥寺光の端正な顔が映し出される。

光の顔を見た瞬間、佳子の目は三日月のように細められ、その笑みは一層深くなった。

彼女は、甘く優しい声で呼びかける。「あなた、お仕事中?」

光はスマートフォンを持つ手を少し上げ、自分の上半身が映るようにする。彼は役の衣装を身に着け、頭には時代劇のかつらを被っていた。その声は、ひどく優しい。「メイク中だよ。この後、撮影があるんだ」

「私、今、番組の収録中なの」と佳子。

「ああ、知ってるよ」光は微笑みながらカメラの向きを調整し、机の上に置かれたタブレット端末へと向けた。「ちゃんと、ライブで見てる」

佳子は少し驚いたように声を上げた。「えっ?ライブで見てるの?」

【な、何だって!?奥寺光もこの配信を見てるのか!?】

【うぉぉぉぉマジか!あの奥寺光が、見てるだと!!】

【俺も佳子お姉様と電話してえええええ】

【恋愛脳になりそう、誰か私の頭を叩いて正気に戻してくれ】

【そこの姉ちゃん、目を覚ませー!あんたの旦那は奥寺光じゃないぞ!】

【ご忠告どうも。そろそろ現実に戻って、スーパーの特売品でも漁ってきます…】

本来であれば、長谷川一樹はこんなお涙頂戴のイベントに参加する気はなかった。だが、他の二組が和気あいあいと電話をしているのを見てしまうと、さすがにバツが悪い。彼は仕方なくスマートフォンを手に取り、母親に電話をかけた。

コールが繋がり、一樹が口を開くよりも早く、長谷川の母が先制攻撃を仕掛けてきた。その声で、場の主導権は完全に奪われる。「もしもし、あんたかい。言っとくけど、金目の話ならお父さんに言いな」

長谷川の母の開口一番の説教。一樹は、もう慣れっこだった。

ここで何か言わなければ、母親は一方的に電話を切ってしまうだろう。それも、分かっている。彼は慌てて口を挟んだ。「母さん、違うんだ。今、番組の収録中でさ。この後スマホを預けるから、一応連絡しとこうと思って。何かあった時に連絡つかないと、心配するだろ?」

その言葉を聞いた長谷川の母は、少し意外に感じたようだった。くすくすと笑い声が聞こえてくる。「私が心配?するわけないじゃない。それに、何かあったってあんたには連絡しないわよ。あんたみたいな甲斐性なし、何の役にも立ちゃしないんだから」

一樹は、返す言葉もなかった

すべて事実ではある。だが、それをわざわざ口に出さなくてもいいだろうに。

「何の番組なの?『不良少年・更生への道』みたいなやつ?」

「違うって」彼はうんざりしたように答えた。

やはり実の母親だ。いつだって、自分を更生させたがっている。

「じゃあ、なんて番組なの?」と母。

「……『兄弟姉妹、共に進め!』」

「ああ、あれね。でも、あんたみたいな役立たずと、誰が進んで苦労を共にしてくれるって言うの?長男はまだ出張から戻ってないんでしょ?千怜の奴は、また先生に頭が痛いなんて嘘ついて学校休んで、今頃まだ二階で寝てるわよ。二人ともいないなら、あんた、一体誰と出るのさ」

前シーズンはあれだけ話題になったのだ。長谷川の母も、番組名くらいは聞き覚えがあったらしい。見てはいなくとも、どんな内容のバラエティか、大体は察しがつくようだ。

長谷川一樹は、ちらりと朝比奈初の方を見た。無意識に、母に彼女の名前を告げそうになる。だが、今が収録中であることを思い出し、カメラの前では自制しなければならないと、かろうじて理性が働いた。

彼は一つ咳払いをし、気まずそうに、もごもごと口にする。「……義姉さんと」

「カネダさん?誰だい、そりゃ」

一樹は母の最後の言葉を聞き取れなかった。まるで悪事を働いている最中のように、彼は落ち着かない。周りにこの奇妙なやり取りを聞かれてはいないか、と内心びくびくしながら、一刻も早く電話を切り上げようとした。「母さん、もういい! 切るから!」

他の二組が、まだ名残惜しそうに家族との通話を続けている。その一方で、初はバッグからスマートフォンを取り出すと、何のためらいもなく番組スタッフへと手渡した。

スタッフは彼女のスマホを受け取る前に、念のため確認する。「ご家族に、一本電話を入れなくてよろしいですか?」

初は、こくりと一つ頷くだけ。そして、くるりと背を向けてその場を去った。

【うおっ!義姉さん、スマホ渡すだけなのに、なんでこんな堂々としてんだ?】

【なんか変じゃない?スマホって、一回預けたら収録が終わるまで返ってこないんだろ?そんなに長く使えないのに、旦那さんに電話の一本もしないの?】

【篠田佳子も同じ既婚者なのに、この差は一体……】

【この人、本当に結婚してるの?】

【何だこの展開……ゴシップの匂いがプンプンするぜ】

【旦那に安否報告くらいしろよ】

【まだ始まったばっかりだろ。憶測で語るなよ。事前に連絡済みってこともあり得るだろ】

一樹がスマートフォンを預け終えると、初は自分の荷物を手に取り、彼と共に、カードに示された土壁の家を探し始めた。

村人に道を尋ねると、彼らが住むべき場所はすぐに見つかった。

家の周囲は、高さ半メートルほどの石垣で囲まれている。その向こうには、見るからに粗末で低い土壁の家がひっそりと佇んでいた。土気色の壁。庭だった場所は、枯れ果てた黄色の雑草で埋め尽くされている。

周りの環境が、そこまで劣悪というわけではない。ただ、あまりにも長い間、人の住んだ気配がなく、ひどく荒涼として見えた。生活の匂いが、どこにも感じられない。

一樹は手の中のカードと、目の前の土壁の家を交互に見比べる。やはり、この現実を受け入れ難い。

普段、広大な屋敷での生活に慣れきっている彼にとって、この状況は苦痛だった。なぜ、こんな番組の契約書にサインしてしまったのか。

そこまで考えて、一樹の視線は、無意識に初の方へと流れた。彼女は今、この状況をどう思っているのだろう。ピンチヒッターとしてここに来たことを、後悔しているのだろうか。

だが、初はそんなことなど微塵も考えていないようだった。彼女は前へ進み出ると、ギィ、と音を立てる木の扉を押し開ける。そして、呆然と立ち尽くす一樹を振り返り、顎をくいとしゃくって言った。「何をぼーっとしてるの。入るわよ」

一樹は、言葉を失った。

一歩足を踏み入れた瞬間、かび臭い匂いが鼻をついた。梁には蜘蛛の巣がびっしりと張り巡らされ、部屋の隅々までがらんどうだ。壁と屋根があるだけ、と言っても過言ではない。

初はざっと中を見渡し、一樹のもとへ戻ってくると言った。「近所のお宅から、箒を借りてきましょう。それから、綺麗な水を汲んでこないと」

これから数日間、ここで暮らすのだ。少しでも快適に過ごせるよう、手を入れる必要がある。

「……うん」その点については、奇しくも二人の考えは一致していた。だから、初が提案した時、一樹は驚くほど素直に、そして自発的に口を開いた。「俺が借りてくる」

【箒すらないのかよ。このペア、悲惨すぎだろ?】

【助けて!今のって本当にあの長谷川一樹!?あの男が、他人の意見に素直に従うなんて!】

【佳子&佳織ペア目当てで来たのに、なんか長谷川一樹の義姉さんが気になってきたんだが、どうしよう】

【これ、ヤラセじゃないの?この家、マジで人が住める状態か?】

【ていうか、この二人、意外とメンタル強くない?】

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