朝比奈初は絵筆が間違った絵の具につけてしまうという事故を処理し、色を塗り直して残りの部分を完成させた。
朝比奈初が真剣に絵を描いているのを見て、長谷川千怜は彼女のキャンバスをちらりと見た。上半分は空、下方の両側には庭の緑と花壇、中央には大門へと続く道があり、広いところから狭くなっていた。
彼女は少し不思議そうに尋ねた。「これのどこが描く価値あるの?」
朝比奈初は「時間つぶしよ」と答えた。
今日は太陽が出ておらず、薄い雲が空を覆い、庭の木々は微風に揺れていた。おそらく天気の影響で、全体的に光が暗く沈んでいて、景色を見る人の気分も良くなかった。
しかし、その景色が初のキャンバスに現れると、まるで真夏の光景のように、太陽が輝き、緑の葉が生い茂り、花壇には蝶の姿まで見えるようだった。
千怜はまず初の絵を観察し、それから顔を上げて目の前の実際の景色を見た。描かれた比率は全く同じで、参照物の位置も変えていないのに、キャンバス上では異なる季節の景色を見ることができた。
「すごいわね」千怜は驚きの表情で目を見開き、声には少し崇拝の念が込められていた。「こんな暗い空なのに、晴れの日に描けるなんて?」
初は平然と眉を上げ、静かに言った。「なぜできないの?」
彼女は絵を描くとき、必ずしも写実性を追求するわけではなく、心の修練を主としていた。昼間に夜景を描くことも珍しくなく、季節を変えることも彼女にとっては難しいことではなかった。
千怜は彼女の方に寄り、初の耳元で小声で言った。「気になるんだけど、あなた以前は何をしていたの?」
「あなたと同じよ、学校で勉強してた」
「……」千怜は尋ねた。「それ以外に、何かすることはなかったの?」
初はその言葉を聞いて、まぶたを少し引き締め、表情がやや暗くなり、静かに答えた。「なかったわ」
千怜は「あぁ」と声を上げ、少し残念そうに口を開いた。「それは本当に残念ね」
……
夕方近くになって、初はようやく絵を完成させた。千怜がその絵を気に入っているのを見て、彼女に贈ることにした。
長谷川彰啓は今夜は残業せず、7時過ぎに家に帰ってきた。そのとき、初はまだキッチンで料理をしており、千怜はリビングでスマホをいじっていた。