第279章 犬も犬を噛む、一口の毛(3)

結局、深井杏奈は協定書にサインをした。

石川城太は満足げに書類を回収し、立ち去る前に言った。「君の荷物はすでに片付けさせた。すぐに私が君のために新しく買ったマンションに送らせる。これからは私と一緒に住みたくないだろうからね。別荘とマンションは遠くないから、夫という名目で、多少の面倒は見させてもらうよ」

言い終わると、城太は振り返ることなく休憩室を後にした。

杏奈はウェディングドレスをきつく掴み、もう少しでスカートの白いレースを引き裂くところだった!

これは彼女の退路を完全に断つものだった。今日は二人の結婚式なのに、彼はこんな日に彼女を家から追い出したのだ!

石川城太……あなたは本当に残酷だわ!

杏奈の感情の波は激しくなり、顔色もどんどん悪くなっていった。感情の揺れとともに、彼女は下腹部に再び痛みを感じた。杏奈は心臓が跳ね上がる思いで、急いで自分のバッグを探し、中から流産防止薬を数錠取り出して飲んだ。

キャンプから帰ってきて以来、彼女はお腹の子供をより大切にするようになり、医師に流産防止薬を処方してもらっていた。妊娠初期の3ヶ月を無事に過ごすためだったが、まさかこんなところでその薬が役立つとは思わなかった。

これ以上自分を苦しめてはいけないと知り、杏奈はできるだけ落ち着こうとし、ゆっくりとソファに寄りかかって目を閉じた。しばらくすると、下腹部の不快感は徐々に収まっていったが、顔色はまだ青白いままだった。

——

石川城太が休憩室を出ると、アシスタントがすぐに彼の側に戻り、耳元で何かを囁いた。すると城太の瞳が突然暗くなり、展示ホールの裏手にある角の方へ歩き始めた。

展示ホールの裏側は結婚式のスタッフが集まる場所であり、彼の結婚式の進行を管理する中心でもあった。そして今、その裏の薄暗い角では、深井詩乃が三橋羽望と一緒に立っており、手にはUSBメモリを持っていた。

「三橋坊ちゃん、私の言う通りにしないと、あなたが前回須藤夏子に薬を盛った件を暴露するわよ。あなたと深井杏奈の共謀が誰にもバレていないと思わないことね」詩乃の声には不気味な響きがあった。