美智は動かず、振り向きもしなかった。
武田直樹は一歩後退し、彼女と向かい合って立った。「美智。」
「武田社長、青木さんを救出したのに、なぜ彼女の側にいないの?青木さんはあなたを必要としているわ、早く行ってあげて!」
直樹は彼女の血の気のない顔を見つめ、低い声で言った。「見捨てたわけじゃない。佳織を先に救ったのは、彼女が妊娠していて、それに臆病だからだ。君は彼女より冷静で、強いから……」
「だから私が犠牲になってもいいというわけね。」
美智の目には涙が溜まっていた。「私が死ななくて、がっかりしてるんじゃない?」
「何を言ってるんだ?」
「違うの?私が死んだら、あなたは堂々とあなたの憧れの人と結婚できるじゃない。」
直樹の目は暗く、読み取れない感情を湛えていた。「君を死なせようなんて思ったことはない。」
「でも実際、私はもう少しで死ぬところだったわ。今日、私を救ったのはあなたじゃない、私自身よ。だからあなたが警察を連れてきたとしても、感謝なんてしないわ。あなたも警察もいなくても、私は今日この墓地から出られたはずだから。」
「わかってる。」
直樹は誘拐犯の前後の変化を見ていた。ただ、美智が何をしたのか、彼女を殺そうとしていた二人の誘拐犯が、危険が迫った最初の瞬間に、なぜ彼女を優先的に守ろうとしたのか、それはわからなかった。
「今、手を離してもらえる?」
直樹は彼女の澄んだ冷たい声を聞き、かつてないほどの疎遠さを感じて、思わず彼女を放した。
美智は束縛から逃れ、前に進み続けた。
しかし彼女は丸一日何も食べず水も飲まず、鍼治療でも大量の体力を消耗していた。今や全身がひどく衰弱し、両足も縛られて麻痺し、後頭部も二度殴られて脳震盪を起こしていた。
彼女は二歩歩いただけで、制御不能に倒れ込んだ。
しかし予想していた硬く冷たい地面は来なかった。代わりに体温のある抱擁が彼女を迎えた。
彼女は直樹に抱き上げられていた。
美智は少し鋭さを帯びた彼の顎を見つめ、淡々と口を開いた。「武田社長、私を警察に引き渡してください。女性警官がいるから、あなたより都合がいいわ。」
直樹は何も言わず、彼女を抱えて自分の車に乗り込んだ。
運転していたのはボディガードの朝倉翔だった。
「社長、どちらへ?」
「青木氏病院へ。」