でも今は離婚話の最中じゃない。
どうやって切り出せばいいのか。
「ちょっとトイレに行ってくる」温子は少し酔いが回っていた。
「付き添おうか?」
「大丈夫」
温子は席を立った。
深谷千早は眉をひそめた。チャームショーのせいで、今は少し酔いが覚めてきていた……
その頃。
夜宴のVIP個室。
数人の男たちが集まり、酒を飲みながら旧交を温めていた。
「冬真、お前が海外にいたらもう帰ってこないかと思ったよ。あんなに外国の女の子がいて、天国だったろ?」話していたのは曽根真一(そね しんいち)だった。
宴司の幼馴染だ。
彼が言及した木村冬真(きむら とうま)は宴司のいとこだった。
隣には加藤文呈(かとう ふみのぶあ)という男も座っていた。
四人は幼い頃からの付き合いだった。
今夜の集まりは帰国した冬真の歓迎会だった。
「お前は皆が自分みたいに女遊びばかりしていると思ってるのか?」文呈は呆れて言った。「冬真は研修に行ってたんだぞ、わかる?」
「はいはい、冬真は帰国したらすぐに映画を撮って、もうすぐ大監督になるんだよね」真一は相づちを打ちながら、つぶやいた。「宴司も家業を継いで、俺たち二人だけがまだぶらぶらしてるんだな」
「俺は適当にやってるだけだ」宴司は酒を飲みながら返事をした。
「美女を何人か連れてこようか?男だけじゃつまらないだろ」真一が突然言い出した。
彼は個室を出ると、すぐにホールのバーカウンターで美しい後ろ姿を見つけた。
彼女は露出の多い服装ではなく、むしろこのバーでは清楚な部類に入るが、一目見ただけで彼女のスタイルの良さは確信できた。
真一はためらうことなく、彼女に近づいた。
「お嬢さん」
千早が振り向いた。
その瞬間、真一は目を見開いた。
美人だとは思っていたが、こんなに美しいとは。
彼は内心で喜んでいた。これを連れて行ったら、みんなの目が眩むだろう。
しかし。
なぜか目の前の美女に見覚えがあるような気がした。
「はい?」千早は眉を上げた。
彼女は一目で真一だと分かった。
以前、藤原家のパーティーで、蓮城の名士たちが集まっていた時に会っていた。
曽根家の人々もいた。
彼女は記憶力がよく、また真一の蓮城での噂話も多かった。
スキャンダルばかりで、印象に残っていた。
「一緒に飲まない?」真一は深く考えず、誘いをかけた。
千早はまた眉をひそめた。
つまり。
真一は彼女のことを認識していなかった。
まあそうだろう。
宴司は彼女を自分の友人サークルに入れたことがなかった。
「一人じゃ退屈じゃない?」千早が答えないので、真一はさらに話しかけた。
「退屈じゃないわ」
「お兄さんと一杯どう?」
「結構」
「何が好きなの?」
「一人でいることが好き」
千早にこんなにはっきりと断られても、真一は怒らなかった。
彼はよく知っていた。
美しい女性ほど、口説くのが難しい。
彼は言った。「友達が個室にいるんだけど、さっき真実ゲームで負けちゃって。挑戦を選んだら、君を連れてきて一杯飲ませろって言われたんだ。できなかったら外で全裸で走らなきゃいけないんだ。美人で優しそうなお嬢さん、そんな残酷なことしないよね?」
千早も夜の世界で何年も遊んできた。
もちろん真一が嘘をついていることは分かっていた。
ただ、突然思いついて「手伝ってあげたら、何かいいことある?」
真一は内心で笑った。
うまくいきそうだ。
「何がほしい?」
「何か一つプレゼントしてほしいの」千早は率直に言った。
「何?」
「小さなものよ、あなたが買える範囲で」
「いいよ」真一はすぐに承諾した。
彼は女性に対していつも気前がよかった。
こんな極上の美女なら、少し奮発してもいい。
千早は真一について個室へ向かった。
ドアが開くと、彼女の足が止まった。
宴司がいるのを見たからだ。
彼がここにいるとは思わなかった。
彼はあまり夜の店に来ないはずだった。
そして今、宴司も明らかに彼女を見ていた。
骨ばった指でグラスを持ち、深い眼差しで彼女を見つめていた。その目には感情が読み取れなかった。
しかし、それだけで背筋が寒くなった。
「怖がらなくていいよ」真一は千早の躊躇に気づき、自然に彼女の腰に手を回した。
まさに女性を口説くときの常套手段だった。
千早は震えながら微笑んだ。
彼女は怖くはなかった。
どうせ離婚するのだから。
ただ、真一がトラウマを負うことになりそうだと思った。
「美女を連れてきたぞ」真一の口調には自慢げな響きがあった。
さすがに極上の美女だ。
男にも虚栄心はある。
「やるじゃないか」文呈は立ち上がって真一の胸を叩いた。明らかに千早の美しさに驚いていたが、次の瞬間思案顔になった。「どこかで見たことあるような…」
「見たことあるに決まってるだろ」冬真は酒を飲みながら、冷静に言った。「俺のいとこの奥さんだぞ」
「え?」真一は呆然と冬真を見た。
そして宴司の方を見た。
宴司は何も言わなかった。
明らかに認めていた。
真一は驚いて慌てて千早から手を離し、二歩下がった。
「あ、あなたは…」真一はまともな文が出てこなかった。
「深谷千早です」千早は自己紹介した。
「なんで早く言わなかったんだ?」
「聞かれなかったから」千早は笑った。
その笑顔に真一は背筋が凍った。
宴司に手を切られるかもしれない!
彼は急いで謝った。「宴司、説明させてくれ、本当に気づかなかったんだ。もし気づいていたら絶対に…さっきは腰に触っただけで、いや、触ってない、何も触ってない…」
言えば言うほど状況は悪化した。
冬真と文呈は傍で笑い転げそうになっていた。
宴司はまだ黙ったままだった。
冷たい視線を千早に向けたままだった。
「すぐに手を洗ってくる」真一は逃げるように出て行った。
千早も向きを変えて出ようとした。
「遊ぶのが好きなんじゃないのか?」宴司はグラスを置いて言った。「一緒に」
千早は宴司を見た。
この人、本気?
「座って座って」文呈は急いで促した。
まるで面白がっているような表情だった。
千早は少し迷った。
遊ぶ。
誰が怖がるものか!
そして堂々と宴司の隣に座ったが、彼との間に一定の距離を保った。
「あの、お義姉さん、宴司と結婚して三年だけど、結婚式もなかったから、僕たちも気づかなかった。自分に罰として一杯」文呈はグラスを持ち上げ、一気に飲もうとした。
千早は彼を止め、グラスを取って酒を注いだ。「そんなことないわ。お酒を飲むなら、みんなで飲んでこそ楽しいでしょ」
「お義姉さんは気前がいいね」文呈は驚いた。
ずっと千早は堅苦しくてつまらない女性だと思っていた。
宴司と結婚して三年、彼が自分から彼女を連れ出して遊ぶのを見たことがなかった。
長い間、彼らは宴司が千早と結婚したのは家に飾っておくためだけで、言うことを聞けばそれでいいと思っていた。
千早は一杯飲み終えると、また自分でグラスに注いだ。「冬真、おかえりなさい」
冬真は自分のグラスを取り、「ありがとう」と言った。
冬真と飲み終わった後、真一が気まずそうに戻ってきた。
千早は彼に向かって言った。「あなたの友達には全員乾杯したわ。そうそう、宴司にはまだだったわね」
彼女はまた自分にお酒を注いだ。「出会いより偶然の再会に乾杯」
「……」他の三人は呆然と二人を見つめた。
二人の結婚が普通ではないとはいえ、これはあまりにも普通ではなかった。