第60章 自殺

深谷千早は振り向いて藤原宴司を見つめた。

「学生時代、徳永颯はよくあなたの話をしていたわ」

「私たちは付き合っていなかった」千早は一言一言はっきりと言った。

宴司は目を細めた。

「付き合っていなかったわ。彼は名目上の叔父だっただけ」千早の口調は、冷たささえ帯びていた。

まるでこの話題に触れたくないかのようだった。

「興味もない」宴司は冷淡に言った。

車内は再び死のような沈黙に包まれた。

運転席の佐藤は窒息しそうな気分だった。

宴司は千早を藤原別邸まで送った。

千早は少し驚き、門を見つめた後、宴司の方を向いた。

「今日からここに戻るんだ」宴司は淡々と言った。

つまり、藤原邸で藤原家の人々と一緒に住む必要はないということ?

少し嬉しい驚きだった。

「キャッシュカードの凍結も解除しておいた」宴司は言った。

千早はまた驚いた。

太陽が西から昇ったのか?

「『愛おしの』のネックレスは...」宴司は言いかけて止まった。「あれがあなたの母親の形見だとは知らなかった」

千早の表情が急に暗くなった。

「徳永颯から聞いた」

「そう」千早は短く返した。

まだ感情の波が心の中で揺れていた。

でも考えてみれば。

ネックレスは自分にとって大切なものであって、宴司にとって大切なものではない。

それに、ネックレスは確かに宴司自身がお金を出して買ったものだから、処分する権利はある。文句を言う筋合いはなかった。

実際、完全に割り切ることができれば、傷つきもそれほど大きくはないのだ。

「すまない」宴司は言った。

千早は彼を見つめた。

前代未聞のことだ。宴司が自ら頭を下げるなんて。

だから藤原家に住まなくていいようにして、銀行口座の凍結も解除したのは、彼の心の中にある少しばかりの罪悪感のせい?

実際のところ。

本当に申し訳ないと思うなら、ネックレスを香織から返してもらって自分に渡せばいいだけだ。

こう見ると、やはり香織の気持ちの方が大事なのだ。

他のもので埋め合わせをし、高慢な頭を下げることさえ厭わないのに、香織を少しでも傷つけることは惜しむ。

千早は淡く微笑んで言った。「藤原宴司、本当に私に申し訳ないと思うなら、離婚しましょう」

宴司は冷たい目で見た。