藤原宴司は白いスニーカーの縁を拭いていた。
彼は潔癖症で、自分の靴に泥が付くのを許せなかった。
声が聞こえた瞬間、彼の指は明らかに一瞬止まった。
明石和祺はすぐに社長の動きに気づき、急いで尋ねた。「まだ到着していないんですか?」
道理で。
途中で引き返したのでなければ、のんびり登ってきたとしても、もう着いているはずだった。
「はい、全員揃いましたが、深谷社長だけお見えになっていません」スタッフは少し心配そうに言った。
「彼女に電話しましたか?」
「かけましたが、繋がりません」
「途中で直接ホテルに戻ったのでは?」明石が尋ねた。
「それはないだろう」宴司が近づいてきて言った。「彼女が登れないなら、事前に一言言うはずだ」
明石も、奥様がそのままホテルに戻るとは思えなかった。
「念のため、ホテルに電話して、千早が戻ったかどうか確認してくれ」宴司は指示した。
彼の指が明らかに強く握りしめられているのが見えた。
スタッフはすぐにホテルのフロントに電話をかけた。
フロントは深谷千早を見ていないと伝え、ホテル内や彼女の部屋を探すことを約束した。
「誰か下に行って確認してくれ」宴司は命じた。
「はい」スタッフはすぐに頷いた。
その時。
八尾麗奈が急かしに来た。「藤原社長、表彰式の時間です」
深谷千早が行方不明になったことなど、何の影響もないと思っているようだった。
宴司の表情が曇った。
鋭い視線に麗奈は胸がどきりとし、全身が鳥肌立った。
今の宴司は、まさに凍りつくような冷たさだった。
麗奈は黙り込んだ。
宴司は直接言った。「辛島社長、表彰式はあなたが行ってください。私は山を下りて様子を見てきます」
「しかし…」辛島和東は断ろうとした。
宴司はすでに背を向けて去っていた。
明石は当然、宴司の後に続いた。
麗奈は眉をひそめて彼らが急いで去る姿を見つめ、思わず尋ねた。「辛島社長、深谷社長と藤原社長はどういう関係なんですか?藤原社長があんなに彼女を心配するなんて」
「会社の団体旅行で、誰一人問題が起きれば、会社は責任を負うんだ!」辛島は冷たく言った。
麗奈は鼻っ柱を折られ、それ以上質問しなかった。
心の中ではむしろ災難を喜んでいた。
千早が本当に事故に遭えばいいと思っていた。
……