「伊夜、そろそろ注射の時間よ」
木村凪咲はクスリを取りに行って、戻ってきた。
薬が入った注射器を手に、一歩一歩伊夜に近づいて、優しそうな瞳の奥には思いどおりにいったという色がちらりと浮かんでいた。
あと十本の注射さえすれば……
伊夜の心臓病は完全に手遅れになるはずだ!
「いや……」伊夜は首を振り、後ずさりしながら、声に涙を滲ませた。「お姉ちゃん、やめて!怖いよ……」
凪咲は伊夜のこの弱々しい様子を見て、言いようのない爽快感と優越感を覚えた。
「怖がらないで、注射が終わったら病気は治るから……」
凪咲は伊夜の手首を掴んで袖をまくり上げて、手慣れた手つきで注射の準備をした。
「やめて!」伊夜は突然悲鳴を上げた。
彼女は突然狂ったように、凪咲を強く床に押し倒し、彼女の手から注射器を奪った。
躊躇なく、彼女は針を凪咲の腕に突き刺し、薬剤を注入した。
「あぁっ——木村伊夜!」
凪咲は目を見開き、悲痛な叫び声を上げた。
彼女はすぐに針を引き抜いて脇に投げ捨て、必死に薬剤を自分の血液から押し出そうとした。
しかし、どうあがいても、もう手遅れだった。
「あぁ……ごめん……お姉ちゃん!本当に故意じゃなかったの!ただ怖くて!」
伊夜は恐怖と驚きを装って唇を手で覆った。
手の下の唇は、しかし、わずかに弧を描いて上がっていた。
凪咲と藤原柚葉は今や慌てふためいていた。
二人は伊夜の瞳の奥に浮かんだ皮肉な笑みに気づく余裕もなく、彼女が本当に意図せずにやったと思い込んでいた。
「お姉ちゃん、私は病人だから、怒らないよね?」
伊夜は肩にかかった長い髪を弄って口元をくっと吊り上げつつ、もじもじした声色を装って言った。
凪咲は憎しみで胸がいっぱいになり、うつむいて拳を強く握りしめた。
しかし、今はまだ感情を露わにする時ではない……彼女は我慢しなければならない、伊夜が死ぬまで!
「もちろん……怒ったりしないわ」
凪咲は歯を食いしばりながらも、自分を強制して理解ある良い姉の姿を装うしかなかった。
柚葉はずっと凪咲に気を取られていて、「凪咲、大丈夫?」と声をかけた。
「大丈夫……」凪咲は歯ぎしりしながら小さくうなずいて、「ただの治療薬よ、何も問題ないわ」と続けた。
伊夜は軽く唇を上げた。
なかなか忍耐強いみたいね……
彼女は凪咲がいつまで演技を続けられるか、そしてどこまで吐き気を催すほど卑劣になれるか、見てみたいと思った!
「伊夜!ほんと生意気な子ね!」
柚葉が突然立ち上がって、激怒のまま手を振り上げ、伊夜に向かって平手打ちを浴びせようとした
バシバシバシ――
3つの鋭い音が響きわたった。
「やめて、やめて!叩かないで!」
伊夜は必死に身をよけながら手を振り回すふりをして、その勢いで柚葉を3度強く打ちつけた。
「この生意気な!私を叩くなんて!」柚葉の怒りは、彼女の顔を恐ろしいほど歪ませた。
彼女は伊夜に向かって突進し、まるで彼女を生きたまま食い尽くそうとするかのようで、まさに雌虎のようだった。
「本当に故意じゃなかったのに〜」
伊夜は叫びながら、恐慌を装って木村邸から逃げ出し、すぐに近くの花壇に身を隠した。
柚葉は羽根はたきを握り、まるで暴れる女のように庭に立っていた。「この生意気な!出てきなさい!」
伊夜は花の香りを楽しみながら、白いシャツを下に引っ張って体を包み込んだ。
「バカみたい……」彼女はピンク色の唇を軽く曲げた。