佐藤悠斗の左腕に浮かぶカウントダウンは、刻一刻と進んでいた。
00:41:29
00:41:28
焦燥に駆られ、悠斗は机の引き出しを開け、紙とペンを取り出した。万が一、何か起きたときのために、両親に遺書を残しておこうと思ったのだ。だが、ペン先が紙に触れた瞬間、彼は躊躇した。
白い紙を見つめ、頭の中は混乱に満ちていた。遺書を書くことは、まるで自分が死ぬことを受け入れるようなものだった。不吉な予感を現実にしたくなかった。心のどこかで、かすかな声が叫んでいた。
【生きたい!】
結局、彼はその四文字だけを書き殴り、紙とペンを引き出しに投げ戻した。まるでそうすることで心の闇を振り払えるかのように。
00:27:11
手のひらが汗で湿っていた。悠斗は胸元に下げた神道のお守り――地元の八幡神社で授かった厄除けの護符をぎゅっと握りしめた。2年前の事故で生き延びたのは、このお守りの加護があったからだと信じていた。
「祓いたまえ、清めたまえ…」
彼は心から神道の祝詞を三度唱え、午前0時を過ぎても命が守られるよう祈った。
「神様、今回こそ絶対に俺を守ってくれよ」
彼は護符を握りしめ、つぶやいた。
00:18:36
左腕のカウントダウンをちらりと見ると、ふと、ある考えが頭をよぎった。このまま何か起きて失禁でもしたら、みっともないことになる。
悠斗は車いすを動かし、部屋のトイレに向かった。カテーテルを手に取り、準備を始めた。
悠斗にとって最も辛いことは、両脚が動かないことだろうか?
いや、違う。排泄が自由にできないことだ。
00:05:00
トイレから出てきたとき、カウントダウンはちょうど5分を切っていた。
不思議と、悠斗の心は静かだった。目を閉じ、訪れるであろう何かを静かに待った。
「ゴロゴロゴロ!!!」
突然、天地を揺るがすような雷鳴が響き、悠斗は驚いて目を開けた。
「ゴロゴロ!!! ゴロゴロ!!!」
耳をつんざく雷鳴が続き、瞬く間に土砂降りの雨が屋根を叩きつけた。
「これ、天変地異ってやつか?」
00:00:29
00:00:28
「この世界での最後の数十秒かもしれない…」
悠斗は心の中でつぶやいた。
「バン!」
突然、部屋のドアが何かに激しく叩かれた。
「ガチャガチャガチャ!」
ドアノブが激しく上下に揺れ動いた。
「まさか、ここで何か起きるのか?」
「まずい!」
悠斗の心臓が跳ね上がり、気づいた。「ドア、鍵かけてなかった!」
「ガチャガチャガチャ!」
ドアの外の何かは、開け方を知らないようで、ノブをただ揺らし続けていた。
00:00:15
00:00:14
「やるしかない!」
悠斗は歯を食いしばり、全力で車いすを漕ぎ、ドアを押さえて鍵をかけるつもりだった。
00:00:07
ドアまであと3歩。
「キィ!」
ドアが開いた!
心臓が一瞬で跳ね上がり、悠斗の体は凍りついた。下半身だけでなく、上半身まで動かなくなったかのようだった。
00:00:05
ドアが完全に開き、黒い影が驚くべき速さで部屋に飛び込んできた。
00:00:04
黒い影は悠斗めがけて突進してきた。
00:00:03
00:00:02
00:00:01
最後の1秒、黒い影が悠斗に飛びかかった!
「サクラ!」
悠斗は思わず叫んだ。
雷に怯えたサクラが彼を求めて飛び込んできたのだ。こんなことは初めてではないのに、慌てていたせいで一瞬気づかなかった。
00:00:00
悠斗は自分とサクラの体が、まるでガラスが砕けるように無数の数字と記号に分解され、四方八方に散っていくのを見た。
次の瞬間、すべてが暗闇に飲み込まれた。
果てしない暗闇の中で、乱雑なコードが滝のように流れ落ちていた。
「ジジッ――」
白と緑の文字が断続的に点滅し、赤い数字が現れては消え、空間全体が混沌としたコードに支配されていた。
突然、暗闇が消え、悠斗は驚愕した。目の前で、自分とサクラの姿が散らばった数字から急速に再構築され、完璧に元通りになったのだ。
「嗷呜~」
サクラが一声鳴くと、素早く走り去った。
悠斗は自分がもう部屋にいないことに気づいた。そこは広々とした土地だった。
周囲は濃い夜の闇に包まれ、サクラが走り去った方向を目で追うと、遠くに街路や建物の輪郭がかすかに見えた。
自分を見下ろすと、ぼろぼろの麻布の服を着ていた。袖をたくし上げると、左腕にはカウントダウンに加えて、新たな文字が現れていた。
【生き延びれば帰還可能 00:58:44】
袖をさらに捲り上げると、長い傷跡が現れた。二年前の交通事故で十数針縫った痕だ。
間違いない。これは自分の体だ。