第7章 家に帰りたい

佐藤悠斗は、闇に消えていく疾風の獣をじっと見つめていた。心臓はまだバクバクと鳴り、さっきの死線を越えた恐怖が胸に残っていた。

大きく息を吸い、震える手をなんとか落ち着けようとしたけど、指先はまだ小刻みに震えている。

そっと長い袖をまくり、小臂に浮かぶカウントダウンを見た。さっきまで1時間近くあった数字は、今や30分を切っていた。

【生き延びれば帰還可能 00:26:43】

その文字を眺め、悠斗の胸に複雑な思いが広がった。「生き延びれば帰還可能」――シンプルな言葉なのに、今はなんだか皮肉にしか見えない。

1時間なんて楽勝だろ、すぐ元の世界に戻れるって思ってた。でも、この世界は想像以上にヤバい。猩紅のトカゲ、疾風の獣…毎分毎秒が死と隣り合わせだ。生き残ることの重さが、ズシリと心にのしかかってきた。

あと30分、本当に何事もなく過ごせるのか? 無事に帰れるのか?

今、悠斗の心を支配していたのは、ただ一つの願いだった。

――家に帰りたい!

高橋雷太が近づいてきて、ポンと肩を叩いた。「おい、悠斗。あいつ逃げたぞ。大丈夫だ」

悠斗は雷太の肩を見た。深い爪痕から血が滲み、麻の服が赤く染まっている。胸がキリッと締め付けられ、感謝と申し訳なさがこみ上げた。

「雷太さん、マジでありがとう…! あんたがいてくれなかったら、俺…」

言葉が詰まり、大きく息を吸って続けた。「その傷、めっちゃヤバそうだけど、大丈夫?」

雷太はニッコリ笑って、気にした風でもない。「このくらい、ヘーキヘーキ。さ、早く上に上がろうぜ」

悠斗は少し落ち着き、ふと地面を見た。さっき逃げるときに落とした矢と、さっきの戦いで撃ち込まれた矢が散らばっている。

しゃがんで矢を拾い集め、丁寧に束ねてロープで縛った。冷静でいようと自分に言い聞かせたけど、手の動きはどこかぎこちなかった。

雷太が縄梯子に向かい、振り返って「行くぞ!」と目で合図。肩に猩紅のトカゲの死体を背負い、血がポタポタ滴っても、動きは力強かった。

悠斗は矢の束をぎゅっと抱え、雷太の後を追って縄梯子を登った。一手で梯子をつかみ、もう片方で矢を抱え、バランスを取るのに必死だ。横木を一歩一歩、慎重に踏みしめた。

なんとか城壁の頂上にたどり着くと、雷太がサッと手を差し伸べ、悠斗を引き上げてくれた。

矢の束を抱えたまま、腕がガチガチに固まっていた。悠斗はそっと束を下ろし、ホッと息をついた。

雷太は、白石がすでに運び上げたもう一匹のトカゲの死体に目をやり、そばに歩み寄った。

死体を縛ったロープを解き、ゆっくり滑らせて下ろそうとした瞬間、肩の傷がズキッと痛み、動きが止まった。

「ドスン!」

死体が背中から一気に落ち、鈍い音を立てて地面に叩きつけられ、土煙が舞った。

城壁の兵士たちがビクッと飛び上がり、一人が舌打ちした。「おい、ビビらせんなよ!」

雷太はペコッと頭を下げた。「わり、悪かった!」

別の兵士が無表情で小さな瓶を放り投げ、ぶっきらぼうに言った。「傷、処理しろ。それから城壁掃除な」

雷太は瓶を受け取り、ニヤッと笑った。「サンキュ!」

悠斗は横でそのやり取りを見ていた。あの兵士たちが矢を撃って疾風の獣を追い払ってくれなかったら、今頃自分たちは死んでたかもしれない。

「さっきはマジでありがとう!」と、兵士たちに頭を下げた。

だが、兵士の一人は冷たく返した。「俺らの仕事だ。お前らの仕事は、さっさと城壁の血を掃除することだろ」

雷太は傷薬をササッと塗り、慣れた手つきで城壁の隅からバケツと雑巾、ブラシを引っ張り出してきた。そしてまた縄梯子を下り始めた。

悠斗は白石をチラッと見たが、じいさんは動く気配がない。仕方なく、雷太の後を追った。

二人が掃除するのは、さっき城壁に登ってきた紅のトカゲがぶちまけた血痕だ。

雷太はバケツの水をジャバジャバと血痕にぶっかけ、ブラシと雑巾でゴシゴシ擦った。悠斗は最初こそ手間取ったが、雷太の動きを見よう見まねで、なんとかコツをつかんだ。

血痕がキレイに落ちると、雷太は腰のポーチから小さな袋を取り出し、中の白い粉を血痕のあった場所にパラパラと撒いた。

「それ、なんの粉?」

悠斗が好奇心から聞くと、雷太は作業を続けながら答えた。

「淨息粉。血の匂いを消すんだ。じゃないと、また獣が集まってきちまう。この仕事やるなら、常に持っとබ