田中志雄は鈴木花和の裏切りを知ると、怒りに駆られて、思わず彼女にビンタしようとした!
鈴木花和の浮気は、彼と草刈綾美が仕組んだ罠だったが、目の前で現実となると、本当に裏切られたかのような感情が湧き上がってきた。
怒りで理性を失い、考える間もなく花和に向かって手を振り上げた。
しかしその瞬間……
「お前は誰だ?」自分の手が誰かに止められ、しかもそれが男だと気付いた田中志雄は怒った目で問いただした。
その男は見たこともないから、会社の社員ではないはずだ。
その端正な容姿と非凡な雰囲気は、一度見たら忘れられないはずだ。
会社に現れたということは、もしかしたら取引先の人間かもしれない。
そのため、相手の身分が分からない状況で、田中志雄は暫く怒りを抑えるしかなかった。
折田辻司は田中志雄の手首を掴んだまま、冷笑して皮肉を言った。「大の男が女に手を上げるとは、大したものだな、クズ野郎」
田中志雄の表情が一気に険しくなった。
彼と鈴木花和はもともと恋人同士で、そんな彼女に裏切られ、証拠まで撮られている。この怒りの中で花和を殴ったとしても、誰もが彼の行動を正当化し、女性に暴力を振るったことも、問題視されないはずだった。
先手を打って、被害者の立場に立てば、誰も本当のことをを追及しようとはしないだろう。
しかし今、女性に暴力を振るおうとしたことを指摘され、クズ野郎呼まで呼ばれた。
田中志雄は今度こそ本気で怒り出した。
彼は歯を食いしばって声を荒げた。「これは僕と彼女だけのことだ。よそ者がなんで口出しするんだ?」
彼は「よそ者」という言葉を大声で強調した。
こう言えば、たとえこの男が取引先の人だとしても、失礼なことにはならないだろう。
折田辻司の端正な顔に、からかうような笑みが浮かんだ。彼は袖を軽くはらいながら答えた。「その話なら、俺はこの女の…浮気相手だ!」
報酬を受け取った以上、役者として全力を尽くすのは当然だ。
抜け目のない彼なら、この一連の出来事が、単純なものではないと、容易に推測できた。
そんな単純なことだったら、一介の会社員のプライベートが、会社中の注目を集めなかったはずだ。それとも、この会社の社員の仕事内容は、噂話に耽ることだとでも言うのか?
「なんだって?!」折田辻司の言葉が終わるや否や、周囲から驚きの声が上がった。
特に林佐夜子は、驚きの後すぐに大声で叫んだ。「ありえないわ!確かに中年の醜い男だったはずよ!」
この男は容姿端麗で、田中志雄にも負けないほどだ。いや、むしろ彼以上に魅力的で、その上品な雰囲気も桁違いだ。特にそのややずる賢そうな微笑みには、魔力があるかのように、女性の目を引き付け、心を揺さぶった。
このような男性が相手なら、自分から近づいてくる女性も大勢いるはずだ。
だから、林佐夜子は鈴木花和がこんな男を射止めたという事実を、どうしても受け入れられなかった。
彼女にとって、この世で最も醜い男性こそが、鈴木花和にふさわしいと思っていた。
「どうしてありえないと思ったの?」鈴木花和はすぐに反論した。林佐夜子の驚いた表情を見ながら、唇に冷笑を浮かべて言った。「この鈴木花和のことなら、あんな太鼓腹で醜い中年男を選ぶと思うの?私がお金を払ってまで男を探すなら、当然イケメンで洗練された紳士を選ぶでしょう?何か問題でも?」
そう言うと、彼女は折田辻司の腕に手を回し、艶やかな笑みを浮かべながら続けた。「あなたたちは私が田中志雄を裏切ったって言ってたでしょう?その通りよ、この人が私の新しい恋人!素敵でしょう?」
彼女の最後の言葉は、明らかに周りに見つけているように聞こえた。
その一言で、この場の全員も言葉を失った。
ただショックで突っ立っているだけ。
鈴木花和が恋人の田中部長を裏切っただけでなく、堂々とその男を連れてきたことに、誰も予想していなかった。
彼女は一体何をしているのか?
大勢の前で田中部長に恥をかけるつもりなのか?
この瞬間、ほとんどの人も鈴木花和の言葉に、どう反応すべきか分からず、ただ田中志雄を同情の目で見ているだけだ。
「つまり、花和、君は本当に僕を、僕たちの恋を裏切ったというのか?」田中志雄は怒りと驚きを込めて問いただした。
彼の心の中では、深い疑問が渦巻いている。本来の計画なら、浮気の相手も写真の中年男性のはずだった。
あの男は草刈綾美がわざわざ用意した、輝利株式会社の扱いにくい顧客、木野元治だった。
木野元治は女好きで、おまけに様々な手練手管を持っており、噂では以前は激しすぎたプレイをしたせいで、ある女性を誤って死なせてしまったとも言われていた。
幸い、その女性には特別な後ろ盾がなく、金だけで家族を黙らせたため、騒ぎにはならなかった。
今回は、光輝株式会社と木野元治の国広グループとの取引があり、木野元治は、ビジネス利益だけでなく、女を送ってこいまで言ってきた。
鈴木花和はまさに木野元治の好みにぴったりだが、彼が一番興味を持った理由は、彼女は輝利株式会社の副部長である田中志雄の恋人だったからだ。
木野元治はそれを知ると、より一層興味を示した。
当初の計画では、会社は鈴木花和をマリオホテルでの契約締結に向かわせ、その際に媚薬を盛ることになっていた。
しかし、その日は一体何が起きたのか?なぜ相手が別の男に変わってしまったのか?
田中志雄は不安と疑問で胸が一杯になり、怒りも湧いてきた。この怒りは後ろめたさや、真相を隠そうとする気持ちを覆い隠すものであり、鈴木花和が本当に彼らの関係を裏切り、自ら望んでいるように見えることに、本気で怒っていることもある。
田中志雄は鈴木花和が折田辻司の腕に寄り添う様子を見て、目が刺されたような思いを感じ、再び怒鳴って問いただした。「花和、俺のどこが気に入らなかったんだ?十年も付き合ってきたのに、そんな風に裏切って傷つけていいのか?」
彼の怒鳴りと質問を聞くと、周りの人は同情や憐れな目で彼を見ている。
そして同時に、その場にいた多くの女性たちの怒りを買うことになった。
もちろん、林佐夜子の怒りが最も激しかった。
彼女は甲高い声で非難の言葉を投げかけた。「鈴木花和、この浮気性の女が…」
「パン!」彼女の言葉が終わる前に、鈴木花和は前に出て、もう一度彼女にビンタした。
鈴木花和は林佐夜子に向かって厳しい口調で言った。「林佐夜子、あなたのことは、我慢の限界だわ。私がどんな人だろうと、何をしようと、あなたには関係ないでしょ?また余計な口出しをすると、今度は歯も折るほど殴ってやるわよ?」
この強気な態度に林佐夜子は一瞬固まった。結局彼女の本性、強いものに大人しく、弱い者に厳しいから、鈴木花和を睨みつけただけで口を閉ざした。
鈴木花和は見え透いた演技を続けている田中志雄を見て、冷笑しながら皮肉った。「田中志雄、こんなことはむしろ、あなたたちには好都合でしょう?何を怒ってるの?」その後わざと草刈綾美の方をちらりと見た。
ここまで言って、何か思い出したように続けた。「あら、間違えたわね。私の相手だった人は、あなたたちが用意した醜い変態男じゃないから、怒ってるのね?」
全員も言葉を失った。
いったいこれは、どういう状況なのか?
折田辻司も黙り込んでいる。
やはりそうか!