草刈綾美の詰問を聞いて、顔を真っ青にした彼女は怒鳴った。「鈴木花和、証拠もないでたらめを言うんじゃないわ!」
彼女は全く予想もしていなかった。事態は想定していた展開とは全く違い、完全に彼らのコントロールを超えてしまった。
田中志雄もこの時、焦って否定した。「花和、そんなことはない、誤解だよ!」 彼は草刈綾美と密かに付き合っており、近いうちに婚約を結ぶ予定だ。
しかし、鈴木花和のことを善処できるまでは、二人の関係を明かすわけにはいかない。さもなければ、人々の指弾を受けることになるだろう。
彼は完璧な成功者になりたかった。だからこのような汚点も許せない。
鈴木花和は二人の弁解を聞きながら、口元を歪めた。「ふん、本当に誤解だったら、なぜ私に手を出そうとしたの?なぜ私に媚薬を盛らせた上、あの豚のような男と寝させて、私の名誉と貞操を汚そうとしたの?」
ここまで言うと、彼女は冷ややかな目で木野秋良を見つめ、冷笑しながら続けた。「お嬢様、先ほど木野部長が自白したのよ。私に媚薬を盛ったのは、あなたの命令だったと。だからねお嬢様、私が濡れ衣を着せていると言うのなら、木野部長の言葉も、嘘だったというの?」
草刈綾美の顔が真っ白になった。彼女は激怒して木野秋良に近づき、手を上げて彼の顔をビンタしながら怒鳴った。「木野秋良、私はあなたにどれだけの恩を作ったというの。それがあなたの恩返し?私がいつ鈴木花和に媚薬を盛れとか言ったの?」
彼女が木野秋良をビンタした時、目尻を引きつらせながら、先ほどの発言を否定するよう密かに促していた。そうすれば、後で警察署から彼を救い出せるはずだ。
先ほどの木野秋良は衝動に駆られて、草刈綾美に助けを求めたが、あれは理性を失った行動だけだ。
彼がマーケティング部長になれるほどの人物だから、決して愚かな人ではなく、むしろ賢明で有能な人物だったからだ。
彼は先ほど警察署に連行されると聞いて、恐怖のあまりそうしてしまっただけだった。
今になって我に返り、草刈綾美の暗示を受け取ると、すぐに頷いて言った。「お嬢様、申し訳ありません。先ほどは怖くなりすぎて、根拠もないことを口にしてしまいました。実は、鈴木花和に媚薬を盛れなんて、そんな指示は受けていません。私はクライアントが花和さんに興味を持っているのを見て、独断でそうしたのです」
木野秋良の言葉を聞いて、草刈綾美はようやくほっとした。その後、彼女は鈴木花和を見て、高慢で威圧的な表情で言い返した。「鈴木花和、聞いたでしょう?この事件は全く私とは無関係よ。だから、誣告するのはやめなさい。さもなければ、名誉毀損で訴えるわよ!」
鈴木花和は頷き、意味深な笑みを浮かべながら言った。「ええ、ちゃんと聞こえたわ。耳が遠いわけじゃないし。でもね」そこで彼女は話を転じ、淡々と続けた。「彼のその言葉は、私やあなたに教えても意味ない。あれは警察に話すべきよ!」
草刈綾美はそれを聞いて、逆に自慢になってきた。
彼女とこの事件の関連性が成立しない以上、草刈家の人脈とコネさえ使えば、警察署から人を釈放させることくらい、手に取るように簡単なことだ。
「そういえば、警察署にも動画を送ったけど」鈴木花和は突然言い放った。
木野秋良と草刈綾美はそれを聞いて、よくない予感を感じた。
草刈綾美は疑わしげに尋ねた。「動画?何の動画?」
彼女は心の中で、鈴木花和のような身分も後ろ盾もなく、たった一介の会社員が、どんな動画を使っても、自分を脅かせるとは思っていなかった。
鈴木花和は答えた。「もちろん、昨夜マリオホテルで、木野部長と木野社長が私に薬を盛る計画について、相談をしていた動画よ」
草刈綾美にはピンと来なかったが、木野秋良は再び顔を真っ青になった。彼は信じられない表情で尋ねた。「どうやってその動画を手に入れたのかね?」
マリオホテルは五つ星ホテルなので、客の安全とプライバシーの保護は徹底している。
あんなホテルから、鈴木花和のような取るに足らない人間が、どうやって監視カメラの映像を入手できたのか?
昨夜、彼らは鈴木花和がトイレに行った隙に薬を盛ったが、それだけではなかった。その過程において、薬を盛る目的や、草刈綾美の指示を受けたことまで、話してしまった。
もしそれが本当にあの時の動画だとしたら、草刈綾美の指示を受けたことを、否定しきれないだろう。
鈴木花和は笑いながら答えた。「木野部長、それはご心配には及びませんよ」
実は、鈴木花和も内心では、余裕ぶっていられない。
なぜなら、彼女はあの男の身分を利用して、やっとあの動画を入手したからだ。
当初、彼女が8888号室のプレジデンシャルスイートで目覚めた時、相手の男性はよほど偉い人であるのだろうと推測したので、8888号室の客の同伴者という立場で、試しに監視カメラの映像をコピーしてもらった。
彼女は予想もしていなかったことに、向こうは全く躊躇することなく映像を提供してくれた。
その瞬間、彼女の心は喜びと苦さが入り混じった。
しかし、どれほど身分の高い男でも、どれほど深い裏があっても、彼女がその特権を利用するのは、あの一回だけで、二度と関わりを持とうとは思わなかった。
そのため、彼女は映像を入手した後、フロントに一枚のメモを残し、8888号室の客に渡すよう依頼した。
二人の警察官は少し苛立ちを見せ始め、また催促した。「木野さん、我々と署までご同行願いましょうか」
そう言うと、木野秋良に手錠をかけ、輝利株式会社から連れ出した。
木野秋良が連行されると、周囲の人の表情は微妙で異様なものとなった。
今の状況だと、鈴木花和は浮気性の女から、媚薬を盛られた被害者へと変わった。
この変化と伴い、あの事件も面白くなってきた。
しかも鈴木花和は、全ても草刈綾美の指示だと指摘している。
その目的は、鈴木花和の恋人である田中志雄を奪うことで、おまけに鈴木花和の名誉を汚そうとした。
田中志雄は今、心が落ち着かなくなった。
彼は全く想像もしていなかった。あのかよわい鈴木花和が、こんなにも強気なやり方を取るとは。
窮鼠でも、猫を噛む!
大勢の前で真実をさらけ出し、やられたらやり返す。
これは鈴木花和にできるはずもないことだ。
いや、違う。
田中志雄は今になってやっと気づいた。
なぜ鈴木花和は彼と草刈綾美の関係を知っている?
そしていつ気付いたのか?
そう考えると、田中志雄はやや怒った目で鈴木花和を見て、突然尋ねた。「花和、何か誤解があるんじゃないか?お嬢様が僕に惚れたわけないだろう?誰かから聞いたのか?要するに、今日のことは、そのことで復讐しようとしてるってこと?」
ここまで言うと、彼は悲しむ表情を浮かべながら続けた。「花和、君はそんな悪辣な人じゃなかったはずだ。そんな風にお嬢様を中傷したら、訴えられて牢獄入りになるんだぞ?どうしてそんな人になったんだ?もう正気に戻って、目を覚ましてくれないか?」
どうやら今度は、鈴木花和が嫉妬して、濡れ衣を着せる形で、復讐したいという言い方に変えたようだ。
つまりこれまでのことは全部、鈴木花和が引き起こしたことで、草刈綾美は無実だということだ。
「ちっ、見てらんねぇな。彼氏として、彼女が困っているとき、慰めの言葉をかけ、守ってあげるべきなのに、逆に別の女性を庇って、自分の彼女を傷つけるのか?お前は一体どっちの彼氏なんだい?」田中志雄の言葉が出た途端、折田辻司は皮肉を込めて言った。「今更あのお嬢様のことが知らないだなんて、誰が信じるもんか?皆さんはどう思う?」