鈴木花和の言葉に、その場の全員が再び驚いた。
彼女は田中志雄を問い詰めた後、彼が反応する間もなく、マーケティング部長の木野秋良を冷笑しながら言い続けた。「ふふ、木野部長、私があの豚野郎に媚薬を盛ったと言いましたが、残念ながら、私の手元には逆のこと、つまりあなたとあの豚野郎が、私に媚薬を盛った揺るがない証拠があるんですよ!」
鈴木花和は木野元治のことを豚野郎と呼び続けた。
実際、あの木野元治の外見は、豚と変わらなかった。
田中志雄と木野秋良は鈴木花和の言葉を聞くと、眉がピクリと動き、動揺を見せた。
しかし、田中志雄はすぐ我に返り、心を痛め失望したような表情を浮かべ、厳しい声で問いただした。「花和、自分の口から、僕を裏切ったことを認めたな。僕を傷つけておいて、まだ僕に何をしようとするんだ?なぜ僕たちだけのことに、罪のない他人まで巻き込むんだ!花和、僕は本当に君を見損ねた。優しくて善良な女性だと思っていたのに、他の男に浮気した上、言い訳をするだけでなく、無実な人を陥れようとするなんて。君には本当にがっかりだ!」
田中志雄の言葉を聞いても、鈴木花和の表情は微動だにせず、皮肉と嘲笑を含んだ微笑みを浮かべたまま、静かに田中志雄を見つめていた。
そして花和は次に、「私はもう警察に通報したよ」と言い出した。
この一言で、大騒ぎだった現場が凍り付いた。
通報?
もしかしてこの裏には、本当に何か事情があるのか?
真相を知らない人はそう推測するだろう。
しかし、真相を知っている人にとって、今回は本当に深刻なものとなった。
田中志雄と木野秋良の顔色が変わり、信じられないという表情で鈴木花和を見つめた。
草刈綾美は眉をしかめてから、携帯を見下ろし、画面で指を動かし続けた。誰かにメッセージを送っているようだ。
彼女はボイスメッセージで尋ねた。「今日は誰か通報しなかった?」
「お嬢様、通報なら毎日もありますよ!」
「余計なことは言わないで、私の聞きたいこと、分かってるでしょう!」
そう言って、彼女は電子マネーを送った。
その額は四万円だった。
それを受け取ると、向こうはすぐに喜びの絵文字を送って返事した。「お嬢様は実に気前のいいお方ですね。今日は確かに通報がありました。女性からの通報で、媚薬を盛られたとの内容でした。犯人は輝利株式会社のマーケティング部の木野秋良と、国広グループの社長、木野元治だそうです」
草刈綾美の顔色が変わり、つい声を上げた。「なぜ早く言わなかったの?」
マーケティング部の木野秋良はどうなってもいい、代わりの部長はいくらでもいる。
しかし、木野元治は違う。彼は輝利グループが苦労して獲得した大口顧客だ。鈴木花和のような女のせいで、その大口顧客を怒らせ、ましては失うわけにはいかない。
そう考えると、草刈綾美の表情がますます険しくなった。
草刈お嬢様の責めるような口調を聞いたら、向こうの態度も急に悪くなった。
彼は冷笑の絵文字を送って答えた。「お忘れですか、お嬢様。この前、何度か食事にお誘いしましたが、毎回も断られました。だから私は、草刈お嬢様が私のような、警察署の副署長程度の人間を、見下していると思いました。そんな態度取られたら当然、副署長の私も無理やりに馴れ馴れしく振る舞いませんよ」
その返事を聞くと、草刈綾美の顔色が変わり、怒りと恥ずかしさが混ざった気持ちになった。
彼女は深く息を吸い、謝ろうとした時、向こうに告げられた。「そうそう、ついでに教えてあげましょう、警察署の者たちは今頃、御社に到着しているところですかね!では、私はまだ会議があるので、これで失礼します」
そう言った後、彼はアカウントまでログアウトし、草刈綾美がいくら呼びかけても返事は来なくなった。
草刈綾美は携帯を強く握りしめ、目には怒りの色が浮かんでいた。
しかし彼女が何か行動を起こす前に、外から二人の警察官が入ってきた。
彼らは来るなり、「マーケティング部の木野秋良さんは、どなたですか?」と尋ねた。
鈴木花和の言葉と、この二人の警察の登場により、ほとんどの人も状況を理解した。花和の言葉は本当だったのだろう。
木野秋良こそが花和に媚薬を盛った犯人だったのだ。
そのため、多くの人も驚いた目で木野秋良を見つめた。
普通に考えれば、木野秋良と鈴木花和には何の恨みもなかったはずだ。たとえ顧客を獲得するために特別な手段を使うにしても、人事部の女性を利用する必要はない。マーケティング部には魅力的な女性が大勢いるし、それに、会社中の誰もが鈴木花和が、田中志雄の恋人だということを知っているのだ。
木野秋良は警察を見かけると、顔が真っ青になり、すぐにふらつきながら二歩後ずさりし、逃げ出そうとさえ考えてしまった。
鈴木花和は木野秋良の方を指差して言った。「お巡りさん、あの人がマーケティング部の木野秋良です!」
二人の警察官は木野秋良に向かって話しかけた。「木野秋良さん、マリオホテルで女性に薬を盛ったという通報を受けました。警察署まで同行して、事情聴取にご協力ください」
木野秋良は真っ青な顔して、口ごもりながら弁解した。「警察官の方、私は…私は薬なんて知りませんよ。何かの誤解ではないですか?いや、きっと誰かが私を陥れようとしているんです。私は無実です」
警察官は繰り返した。「無実かどうかは、こちらが調査してから判断します。もし本当に冤罪なら、もちろんそちらの潔白を証明します。今はとにかく署までご同行願います」
しかし、後ろめたい木野秋良は、突然草刈綾美の方に歩み寄り、おびえた様子で口を開けた。「お嬢様、助けてください。私はあの時、お嬢様の指示通り、鈴木さんを木野元治さんの接待に行かせただけです。お嬢様、警察沙汰は勘弁してくださいよ」
木野秋良の言葉に、その場にいた全員も驚いた。
まさかこの件にお嬢様が関わっているとは、誰も想像していなかった。
木野秋良の言葉によれば、鈴木花和に媚薬を盛ろうとしたのは、草刈お嬢様の指示によることだ。
もしかしたら今日の茶番も…
その場にいた社員たちは、それ以上考えることすら怖くなってきた。
もし本当にそうだとしたら、この草刈お嬢様は実に恐ろしい人物だ。
草刈綾美は、普段は賢くて頼もしく見える木野秋良が、こんなにも愚かな行動を取るとは、思ってもみなかった。
彼女は一瞬前まで彼を助け出す方法を考えていたのに、次の瞬間には木野秋良に売られてしまった。
今の草刈綾美はまさに怒り心頭だ。
彼女が木野秋良を叱り、余計なことを言わないよう暗示しようとした時、鈴木花和は即座に怒りを込めて問いただした。「ふふ、お嬢様、なぜ人事部の一介の社員に過ぎない私に、そんな大口顧客の接待を任せたんですか?そして、なぜ木野部長に私への薬物投与を指示したんですか?」
ここまで言って、花和は草刈綾美や田中志雄に答える機会も与えず、大声でとどめを刺そうとした。「まさか、お嬢様が田中志雄に惚れたから、私から奪おうとしたの?それで二人が堂々と付き合えるように、私の名誉を傷つけようと、あんな罠をしかけたんですか?」
鈴木花和の鋭い言葉の数々に、周りの人々は大きな衝撃を受けた。
これが真実なのだろうか?