071 託付

藤原美月は玄関まで見送り、心を込めて言った。「ありがとうございます、井上さん」

井上邦夫は少し考えて言った。「井上でいいよ。僕も藤原さんのことを美月さんと呼ばせてもらおう。そのほうがシンプルだから」

藤原美月は笑顔で頷いた。「はい、じゃあまた会いましょう、井上さん。さようなら、瑞希ちゃん」

「ワン!」瑞希ちゃんは井上の腕の中で落ち着かない様子で身をよじった。

二人は顔を見合わせて微笑み、それぞれドアを閉めた。

翌朝早く、藤原美月はドアベルの音で目を覚ました。二見奈津子がまた鍵を忘れたのかと思い、パジャマ姿のまま開けながら文句を言った。「鍵がなくても暗証番号があるでしょう。お願いだから私の睡眠を邪魔しない――」

「ウー、ワン!」突然、瑞希ちゃんが彼女の目の前に差し出された。

「美月さん、緊急事態なんだ。瑞希ちゃんを三日間預かってもらえないか。今すぐ空港に行かなきゃならなくて、超緊急なんだ。友達の中で君以外に頼れる人がいない。瑞希ちゃんを頼む。これは僕の電話番号と家のパスワードだ。何か必要なものがあったら、直接家に取りに行ってくれていい。じゃあ行くよ!」

付箋も彼女の手に押し込まれた。

井上邦夫の言葉が終わる頃には、すでにエレベーターに乗り込んでいた。

寝癖だらけの髪で、パジャマ姿のまま、藤原美月は混乱しながら犬を抱き、薄い青色の付箋を握りしめたまま、玄関で固まっていた。

「ワン、ワンワン!」腕の中の小さな生き物は美女のぼんやりした様子に不満そうで、やむを得ず声を出して注意を促した。

藤原美月は瑞希ちゃんを見下ろし、ドアを閉め、何気なく付箋をドアに貼り付けながら尋ねた。「あなたのパパ、いつもこんなに慌ただしいの?私が悪い人で、あなたを売り飛ばしちゃうかもしれないって心配しないのかしら?」

「ワン!」瑞希ちゃんは無邪気な表情を浮かべた。

藤原美月は困ったような表情を見せた。

藤原美月は豪華で快適そうな犬用キャリーを持ってスタジオに到着した。

向かいから歩いてきたカメラマンの弘友が驚いて叫んだ。「晴子さん、あなたの犬になれたら幸せですね。僕もなりたいです」

藤原美月は彼を軽く蹴って言った。「その程度の志しかないの!せめてパンダになりたいって言いなさいよ。国家一級保護動物よ。待遇なんて犬用キャリーどころじゃないわよ」