橋本拓海は彼を捕まえて尋ねた。「ねぇ、井上邦夫を見なかった?あいつどこに行ったんだ?」
関口孝志は首を振った。「見てないよ」
橋本拓海が井上邦夫に電話をかけると、井上邦夫はすぐに切った。「おかけになった電話は、ただいま通話中です」
その後、井上邦夫からメッセージが届いた。「忙しいんだ、邪魔しないでくれ」
「なんだよ、病気か?何の問題があるんだ?」橋本拓海は携帯を関口孝志に見せた。
関口孝志は淡々と言った。「たぶん、どこかの女の子に目をつけて、蜂や蝶を誘いに行ったんだろう」
橋本拓海は考えて、うなずいた。「なるほど、まあいいや。俺も蝶々を探しに行くぜ!」
橋本拓海は二、三歩歩いてから、戻ってきた。「おい、婚約者の相手をしなくていいのか?」
関口孝志は無表情で答えた。「ちょっと息抜きもできないのか?」
橋本拓海は笑った。「兄弟、実は俺はもうずっと前からお前が息苦しそうだと思ってたんだ。婚約したら、まるで終身刑を宣告されたみたいじゃないか?前にも恋愛してただろ?でも女のために兄弟を捨てることはなかったじゃないか。今は婚約者ができて、俺たち幼なじみのことなんて目に入らなくなったな」
関口孝志は遠くの一枚の絵に目を向けながら、淡々と言った。「じゃあ、お前も嫁さんをもらってみたらどうだ?」
橋本拓海は尻尾を踏まれたかのように飛び上がった。「やめてくれよ、兄弟なら、そんな呪いはかけないでくれ。残酷すぎる」
関口孝志はその絵に向かって歩いていった。
黒い瓦と白壁、青石の路地。路地の入り口に背筋の伸びた少年が立っている。画面の色調は少し暗い。
絵のタイトルは『待つ』。
関口孝志は店員を呼んだ。「この絵、買います」
店員は微笑んで、丁寧に答えた。「申し訳ございません。この絵は非売品でございます」
関口孝志は眉をひそめた。「表示がないじゃないか」
店員は慌てて説明した。「お客様、展示台のすべての絵は非売品でございます。向井さんの親友からの贈り物で、彼女の大切なコレクションなのです。よろしければ、アクセサリーをご覧になりませんか?向井さんのアクセサリーの多くは絵の意味と呼応しています。たとえばこの『待つ』という絵には、こちらのかんざしが対応しております」
店員はショーケースの隅にあるかんざしを指さして、関口孝志に説明した。