239 悩ましい

二見奈津子は無意識のうちに唇に手を当てた。佐々木和利のあのキスが脳裏に焼き付いていて、思わず頬が熱くなった。

帰ってきてからの数日間、二人とも忙しすぎて、十分な会話を交わす時間がなかった。

井上邦夫は自分の幸運に逆らう人間ではなく、藤原美月の態度の微妙な変化にすぐ気付いた。すぐさま献身的な彼氏の全力を発揮し、藤原美月に愛されている幸せを全面的に感じさせた。恋とは双方向の努力が必要なものだと分かった。

佐々木理恵のファンミーティングの動画がトレンド入りし、佐藤翔も一気に有名人となった。

長谷川樹富は佐藤美優を連れ、佐藤美菜子は二見華子を連れて、最速で鈴木清美のところへ駆けつけた。

長谷川樹富は内心の喜びを必死に抑えながら、顔には心配と焦りの表情を作り出そうと努めた。佐藤美菜子はいつものように義姉の後ろに控えめに立ち、人形のようだった。佐藤美優は母親について威張り散らし、二見華子は実母を真似て慎重な態度を取っていた。

「お義姉さん、こんなことがあるなんて信じられません。私たちの佐藤翔はとても良い子なのに。誰がこんな汚い水を掛けるんでしょうか?」長谷川樹富は急いで立場を表明した。

鈴木清美の表情は非常に悪く、目の下にクマができていて、明らかに眠れていない様子だった。長谷川樹富の質問には一つも答えたくなかった。

長谷川樹富は諦めずに続けた。「佐藤翔はどこにいるの?佐々木理恵と一緒に出かけたって聞いたけど、佐々木理恵は戻ってきたのに、うちの佐藤翔は戻ってこないなんて。ああ、こんなにいい子が、栄市に来て、あの佐々木さんと関わったとたん、変わってしまうなんて。」

「お義姉さん、失礼な言い方かもしれませんが、誰かに相性を見てもらった方がいいんじゃないでしょうか?こんなにいい子が、どうしてこんなことになってしまったんでしょう?」

鈴木清美の表情が少し和らいだ。どの母親も自分の子供に非があることを認めたくないもので、過ちは必然的に他人のものとなる。

「佐藤翔に聞いたわ。そんなことはないって言ってたわ。もう既にあの女の子を探しに行かせたわ。もし本当に佐藤翔が悪いことをしたのなら、ちゃんと座って補償の話をしましょう。」鈴木清美はようやく理性を取り戻した。