藤原美月が目を覚ますと、井上邦夫はベッドの横で寝込んでいた。彼は本当に疲れ切っていた。
暖かい陽の光が二人の上に差し込んでいた。藤原美月は手を伸ばし、井上邦夫の頭を撫でようとしたが、起こしてしまうのが怖くて躊躇った。
すべてが夢のようだった。関口孝志との7年も、一時的な記憶喪失の時の関口孝志の執着も、まるで夢の中で起きたことのようだった。
彼女は思い出した。記憶を取り戻したが、心には波風は立たなかった。
目の前のこのバカだけが、彼女の心を何度も何度も温かくしてくれた。
井上邦夫は突然体を震わせ、ぼんやりと顔を上げると、藤原美月の宙に浮いた手が目に入り、思わずその手を掴んだ。「美月さん?美月さん、目が覚めたの?」
彼はまだ頭がぼーっとしていた。
藤原美月は微笑みながら彼を見つめ、何も言わなかった。
井上邦夫は自分の頭を振り、握っている手を見て、突然目が覚めた。立ち上がり、喜びに満ちた声で言った。「美月さん、目が覚めたんですね?目が覚めた!どこか具合の悪いところはありませんか?医者を呼んできます!私が...私が...先生...先生...」
井上邦夫は嬉しさのあまり右往左往し、医者を探しに行こうとした。
藤原美月は井上邦夫の手を握りしめた。「邦夫さん。」
彼女の声は小さかったが、井上邦夫には仏の声のように聞こえた。「はい、ここにいます、ここにいます、ここにいます。」
藤原美月は井上邦夫の目元を見つめながら言った。「全部思い出しました。」
井上邦夫は一瞬固まり、心臓が高鳴った。慎重に言った。「美月さん、思い出せても思い出せなくても構いません。私たち、もうすぐ結婚するんです。もう全部準備できていて...」
藤原美月は軽くうなずいた。「ありがとう!」
井上邦夫は藤原美月を見つめ、どうしていいかわからない様子だった。
「邦夫さん、全てを知った上で、まだ私と結婚してくれようとしてくれて、ありがとう。」藤原美月は静かに言った。