花火は美しくとも、やがて冷める(一)

同じ時間、帝国エンタメの同じ廊下にある高級な特別室では、賑やかで楽しい時間が流れていた。

部屋のテーブルには美味しい料理とお酒が並び、テーブルの周りには橋本楓と星野心の他に、二組の中年夫婦が座っていた。

「楓、今度こそもう腰を落ち着けるつもりなのかい? 以前みたいに海外へ行って半年、一年と帰らないってことはないんだろうね?」星野心の隣に座る、ワインレッドのドレスに身を包んだ中年女性が、橋本楓に微笑みかけながら尋ねた。

この女性は岡田凛子(おかだ りんこ)、星野心の実母で、瑞穂市の市長夫人だった。五十代だが、とても手入れが行き届いており、今なお魅力的な顔は三十代にしか見えなかった。

岡田凛子の隣に座っているグレーのスーツを着た、厳格で冷静、無口な中年男性は星野山(ほしの やま)、瑞穂市の重要な地位を占める市長、市のトップだった。

彼らの向かいには橋本宇(はしもと やかす)と黄前瑤子(きまえ よこ)、橋本楓の両親である。二人とも既に50歳を超えているが、その顔立ちからは、若い頃はさぞかし美男美女で、皆が羨むようなカップルだったのだろうと容易に想像がついた。でなければ、これほどまでに抜きん出て眉目秀麗な橋本楓のような息子は生まれなかっただろう。

「はい。今回はちゃんとここで落ち着こうと思っています」

橋本楓は落ち着いた声で答えた。

「実はね、うちのご主人が、そろそろ楓に橋本氏グループを継いでもらうために戻ってもらったのよ。私たちもそろそろ隠居して、息子たち若い世代にがんばってもらわないとね。楓はこの数年、海外でもそれなりに成果を出してきたし、私たちはそれをちゃんと見込んでいる。だから夫とも相談して、楓が思いきり会社を引き継いだらいいってことになったのよ。私たちも休んで、のんびりしようかと」

黄前瑤子はその顔に品の良い笑みを浮かべ、そう説明しながら、星野心に取り皿の料理を取り分けてやり、言葉を続けた。「心ちゃん、海外で楓のサポートはいろいろ大変だったでしょう? ずいぶん面倒を見てもらったんじゃないかしら。ほら、もっと食べてね。ずいぶん痩せちゃったんじゃない? 楓にいじめられてたりして?」

すると、星野心は可憐で柔和な顔を少し赤らめ、視線を下に向けたまま、こそこそ橋本楓をうかがう。そして控えめに笑って口を開く。「ありがとうございます、橋本おばさん。実はずっと楓に面倒を見てもらってました。そんなひどいことなんてされるわけないです。……ね、楓?」

星野心はそう言いながら橋本楓の方を向き、見つめられた橋本楓は、穏やかな笑みを浮かべるだけで、言葉は出さなかった。

「うん、どうやら二人は海外でも仲良くやってくれたみたいだな。いずれ楓が橋本氏グループを継いで、落ち着いたら……二人を婚約させてもいいんじゃないかと思うんだが、星野市長はどう考えてる?」

橋本楓と星野心の親密で愛情深い様子を見て、橋本宇の顔にも満足げな笑みが浮かび、隣でずっと黙っていた星野山に向かって言った。

それまであまり口を開かなかった星野山(ほしの やま)は、手にしていたグラスを置き、切れ味のある視線をテーブルの橋本楓と星野心側に送った。鋭い目つきが一瞬やわらぐように見え、ゆっくりと頷く。「当の本人たちに異論がなければ、私としても問題はない。来週の週末は父上の誕生日だ。ちょうどいい機会だから、二人ともそろって来なさい。そのときに正式に話を詰めよう。いいな?」

星野山がそう言い終えると、星野心の頬はさらに赤く染まり、橋本楓を見つめて、ぷっくりした唇をかすかに噛んで恥ずかしそうにうつむく。

向かいの橋本宇と黄前瑤子は軽く頷き、異議がないことを示した。

「楓、どうなんだ?」

そう尋ねる星野山の声には、わずかな威圧感がこもっている。

「自分は異論ないです。あとは心が本当に俺の花嫁になりたいかどうか、そこだけかな」

橋本楓は口角をほんの少し吊り上げ、星野心をまっすぐに見つめる。その瞬間、星野心の頬はさらに赤く色づき、微かに微笑むとコクリとうなずく。「……お父さんの決めたことなら、私、異論ありません」

「よし、それで決まりだな。じゃあ、食事を続けようか」

……

夕食の席では、黄前瑤子が何度も星野心に料理を取り分け、星野心はそのたび「ありがとうございます」と微笑む。落ち着いた物腰で、とても好感がもてる。その姿に、瑤子も満足げな顔だ。

「お父さん、おじいちゃんの体調はお変わりない? 実は帰国してすぐ、一番に会いに行こうと思ってたの。ずっと心の中で気にかけていて……」

星野心は星野山がずっと表情を変えないのを見て、考えた後、優しく尋ねた。目には心配の色が浮かんでいた。

それに応じて、星野山はやや表情をゆるめたものの、少し寂しそうな空気が漂う。「相変わらずだな。だが、父上は夏子のことをしょっちゅう気にしている。来週の誕生日には帰ってきてほしいと言っているから、心、夏子に声をかけてやれ」

「お姉ちゃん……。さっき楓さんと空港でばったり会ったんだけど……」

星野心はそこで言葉を切り、きゅっと唇を噛む。どこかうしろめたい思いがあるのか、その瞳は憂いを帯びている。「まだあんな感じで……私、悲しくて……」

「まあ、心、あの子はいつもあんな調子よ。気にしなくていいわ。きっと気にはかけてるはず」

岡田凛子が、娘を元気づけようと微笑む。

「はあ……夏子は、本当にいろいろあったんだ。もう何年もそうだし……。心、あんまり落ち込むなよ。楓、おまえ、食事のあとは心を連れて少し市内でも歩いてみたらどうだ? ここ数年で瑞穂市もだいぶ変わったからな……」黄前瑤子は何を言えばいいのか分からず、考えた後、橋本楓の方を見るしかなかった。

星野夏子の名前を出すと、橋本楓の瞳が一瞬だけ鋭く光ったが、何も言わずに静かにうなずいた。

やがて、星野山や橋本宇は商談の話を始め、橋本楓もときどき自分の意見を挟む。星野心はしばらく横で聞いていたが、やがて「ちょっとお手洗いに行ってきます」と席を立った。

……

同じフロアにある洗面所で、星野夏子は鏡に向かって水で顔をすすいだ。洗面台に手をついたまま鏡に映る自分を見ると、顔色がどこか蒼白い。ぎゅっと目を閉じ、ひと息整えるようにしてから、さあ戻ろうとした矢先、ドアが開く音が背後から聞こえた。ふと鏡を見やると、そこには星野心が立っている。

一瞬で夏子の全身にこわばりが走る。洗面台をつかんだ両手の力が思わず強まる。

星野心もそれに気づいたのか、足を止めて鏡越しに夏子を見つめる。うっすらと微笑んだように見えた。

「お姉ちゃん、まさかこんなところで会うなんて思わなかった。」

その声は軽やかで、どこか嬉しそうな響きを帯びていたが、夏子の耳にはひどく刺々しく聞こえた。「ちょうどいいわ。さっきお父さんもお姉ちゃんのことを話していたの。ずいぶん帰ってきてなかったから、お父さんもお母さんもそれにおじいちゃんも、みんなお姉ちゃんに会いたがってた。もし楓とのことを怒ってるなら、あたし、ちゃんと謝りたい……。お姉ちゃん……あたしと楓は……私のせいで苦しいなら、いっそ叱りつけてもらって構わない。許してくれないかな……?」

星野心の可憐な顔にはかすかな後悔と戸惑いが見える。その声は悲しみを帯び、震えるように続いた。「もう何年も経って、昔のわだかまりは消えたんじゃないかと思ったのに……。お姉ちゃんを見てると、すごく胸が痛いの。だってお姉ちゃん、前に言ってたよね。恋愛はお互いが想い合わないと幸せになれないって……。ひとりが苦しいだけだと、それは本当の幸せじゃないんだよね…?」

星野心の言葉を聞いた瞬間、夏子の胸に息苦しいほどの痛みが走る。すうっと意識の奥に入り込むような鈍い痛さが、鏡に映る心のあどけない表情を見つめ、かすかな笑みを浮かべた。「星野心……知らなかったわけじゃないでしょう。そもそも、橋本楓とは私に婚約があったことを」

「……お姉ちゃん、ごめん。最初は好奇心だけだったの、どんな人か気になって近づいたの。なのに思ってたよりも素敵だったから……あっという間に惹かれて、気づいたらもう抜け出せなくなってた……」