第280章 すでに求めるものがある（1）

しかし彼女は静かに前方を見つめ、淡い顔色は少し青白く見えた。しばらくして、彼の指先がわずかに引き締まり、十本の指がそっと絡み合った。

彼は軽く咳をし、ティッシュを取って口を覆い、深く息を吸ってから、突然低い声で言った。「藤崎家にはいくつか彼らの前でも触れてはいけない事がある。叔母さんの名前もこの何年も誰も進んで口にしなかった。みんな時間が経てばこの不快な記憶も消えると思っていた」

そう言いながら、彼の薄い唇に淡い笑みが浮かび、視線を横に向けて通り過ぎていく青い柳を見つめ、静かな声で続けた。「忘れようとしても難しいものがある。特に自分が経験したことは...」

言葉が途切れ、長い沈黙が二人を包んだ。彼の端正な顔は暗い光の中で表情が定まらないように見えた。星野夏子も黙って運転を続けていた。そしてようやく、彼がため息混じりに口を開いた。「もういい、こんな不愉快な話はやめよう。帰っても私たちがここに来たことは彼らに言わないでくれ。何か楽しい話をしよう」

彼はそれ以上話すつもりもなく、身を屈めてCDを取り出し、プレーヤーに入れた。すぐに軽快な音楽が流れ出し、車内の重苦しい空気を和らげた。

「この二日間は会社が休みだけど、いくつか資料がオフィスに置きっぱなしなの。もう勤務時間も終わったし、ついでに取りに行きましょう。明日も休みだから、今夜はちょっとリラックスしに出かけない？」

彼の調子が良くないのを見て、彼女は少し考えてから提案した。

彼は少し眉をひそめ、彼女の青白い顔を見て、反対するように言った。「二人とも病人なのに、そんな元気があるのか？」

星野夏子は肩をすくめ、少し無邪気に彼を見つめ、ためらった後、少し不満そうに言った。「藤崎さん、私たち毎日仕事して帰って食事して休むだけで、何も楽しいことがないって思わない？新婚生活らしくないわ。まるで何年も結婚してるみたい。何年も結婚してる夫婦でも手をつないで広場ダンスに行くのに...全然情熱がないわ...あなたが私をデートに誘ったこともないし...」

彼女の言葉に、藤崎輝は眉を上げ、驚いたように彼女を見つめ、しばらくしてから低い声で言った。「奥さん、情熱...昨夜も満足させたじゃないか？君が自分から「もうやめて」と懇願したのに...」