薄い霧の中

「お姉さん、もう諦めなさい。口もきけない女が産んだ子を、神城家が認めるわけないでしょ」
愛人は片方の肩をあらわにして、彼女を玄関の外へと閉め出した。

彼女は神城家の「名ばかりの若奥様」。
だけど、その実態は――笑い者のような人生だった。

声を失った彼女は、神城家に恥をかかせる存在とされ、
夫である神城連真は、一度たりとも彼女を「妻」と認めたことがなかった。
それどころか、毎晩ベッドサイドに離婚届を置いてくる始末。

一千万円の小切手――
彼女は黙って署名し、その代わりに自由を手に入れた。

だが、数年後。
再び再会した彼は、子供を連れて彼女を追いかけながら言った。
「霧島咲姫、俺に…まだチャンスはあるか？」

復縁の長い道：口のきけない妻は可愛すぎる

その後、東條未煙の口元には徐々に皮肉な弧を描く笑みが浮かび、目には嘲りが満ちていた。


「お姉さん、久しぶり。最近はどう過ごしてる？」


その時、霧島咲姫はテーブルの傍らに静かに座っていた。誰も彼女の心の内を知る由もなかったが、東條未煙の声を聞いた瞬間、彼女は弓から放たれた矢のように、すぐに背筋を伸ばした。


今や霧島咲姫の目には警戒心が満ち、両手も無意識に胸の前で組み、防御の姿勢をとっていた。


霧島咲姫がこのように無意識に自分を警戒する様子を見て、東條未煙は思わず軽く笑った。彼女は部屋の周りを無造作に見回し、目には嘲りが満ちていた。


「どうしたの？私があなたに会いに来ちゃいけないの？ほら見て、私は善意でね、あなたがどう過ごしているか見に来ただけなのに、そこまで警戒することある？」


第91章 彼を傷つけないで！

第91章彼を傷つけないで！