最後の一滴の血までも、残らず搾り尽くす

悠は慌てて階段を駆け下り、急ぎ足で外へと向かった。

昨日の午後、母親の藤堂淑美(とうどう よしみ)だけが家に来ており、あのコップの水は間違いなく淑美が置いたものだった。

彼女は、この事実を確かめるために、どうしても戻らなければならなかった。

悠は急ぎ林家へ向かったが、門の前で宴に出くわすとは予想もしなかった。

宴の彼女を見る目には、以前よりも一層の軽蔑が込められていた。

使用人は二人を見つめ、にこやかにお世辞を言った。「お嬢様と旦那様、本当に仲がよろしいですね。お二人で一緒にお帰りになるなんて、素敵です」

悠は必死に俯いた。宴がまた自分を誤解していることを、彼女は痛いほどよく分かっていた。

案の定、宴は彼女の横を通り過ぎながら、歯を食いしばって言った。「離婚したいくせに、母親に電話させて俺を呼び出すつもりか?」

「そんなことはしていない」と言いながらも、悠の心は罪悪感で揺れていた。

母は一体、なぜ突然宴を呼んだのだろう?

淑美は二人が一緒に帰ってくるのを見て、一瞬目を見開き驚きを隠せなかったが、すぐに表情を整え、丁寧に宴を招き入れた。

「宴、早く中に入って。こんな遠くからわざわざ来てくれて、疲れたでしょう?」

門の前に立つ悠の存在を、まるで気にも留めなかった。

「母さん!」悠は勢いよく後をついていきながら問いかけた。「どうして彼を呼んだの?」

「黙りなさい!」淑美は悠を冷たく一瞥すると、今度は宴に媚びるような微笑みを浮かべた。「彼女も帰ってくるとわかっていたら、あなたを呼ぶことなどなかったわよ」

宴はソファに腰掛け、冷ややかな目で悠を見つめた。

悠は自分が歓迎されていないことを承知していたが、それでも立ち去るつもりはなかった。淑美が何を企んでいるのか、最後まで見届けようと決めていた。

彼女は隣のソファに静かに座った。

淑美はしばらく世間話を続けた後、ようやく核心に触れた。

彼女は涙をこぼしながら、宴に深く詫びた。「宴、本当にごめんなさい。林家があなたにひどいことをしてしまったわ。あの時、もし悠があなたに薬を盛らなかったら…」

昔の話を蒸し返され、さらに昨晩のことが重なり、宴は瞬時に拳を握りしめた。

「母さん!」悠は堪えきれず声を震わせた。「私じゃないってあの時言ったでしょ?他の人が信じてくれなくても仕方ないけど、あなたは私の母親なのに、どうして私を信じてくれないの?」

「黙りなさい!」淑美は憤りに満ちた表情で言い放った。「自分の産んだ娘がどんな子か、私が知らないとでも思っているの?」

悠は悔しさで涙が込み上げ、目が赤くなった。

淑美はなおも続けた。「あなたは小さい頃から嘘ばかりついて、怠け者で、いつも美芝のものを羨んでは、盗んだり奪ったりしてきたじゃない」

悠は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くした。

彼女は幼い頃から淑美が従姉の林美芝(はやし みちか)を好いていることを知っていた。しかし、自分が淑美の目にこれほどまでに醜く映っているとは、まったく気づいていなかった。

これが本当に、自分の実の母親なのだろうか?

「宴、悠が美芝の誕生日パーティーであんな非常識なことをしてしまい、本当に申し訳なく思っています」

宴はわずかに顔を向けて言った。「でも、あの時はあなたが悠を連れて冷川家に来て、結婚を迫ったんじゃないか?」

「…」淑美は一瞬言葉に詰まったが、涙をこらえながら続けた。「どう言っても、悠は私の娘です。あの時は娘を思うあまり、心が乱れて一時の迷いから大きな過ちを犯してしまいました」

「大きな過ち、だと?」宴は眉をひそめ、鋭い視線で問い詰めた。「それで、今は一体どうしたいというのだ?」

彼の目は鋭く、まるで刃物のように冷たかった。

淑美は内心慌てつつも震える声で続けた。「宴、美芝が帰国するって聞いたわ。あなたと悠、離婚したらどうかしら」

宴は素早く立ち上がった。

淑美は驚きのあまり、恐る恐る彼の顔を見つめた。

宴は隣にいる悠の顔をじっと見つめた。

悠はぼんやりとそこに座りながら、目の前で起きているすべての出来事が、自分の淑美に対する認識を根底から覆していくのを感じていた。

謝罪?

淑美の辞書には、「間違い」という言葉は一度も存在しなかった。

自分から宴に、彼女との離婚を提案するのか?

そんなはずがあるものか。

一年前、従姉の美芝の誕生日パーティーで、なぜか悠は美芝の婚約者である宴と関係を持ってしまった。

当時、業界関係者が多数集まり、その出来事は町中の噂となった。

美芝は屈辱に耐えきれず、宴との婚約をきっぱりと破棄し、数日後には国を離れた。

悠自身も人と会う顔がないと思い込み、家に閉じこもっていた。

しかし淑美は毎日彼女の部屋の前で罵倒を繰り返し、彼女が無駄に男に身を許し、救いようのないほど愚かだと罵った。そしてついには、無理やり彼女を連れて冷川家へ赴き、宴に彼女との結婚を強く迫ったのだった。

冷川家は名門中の名門であり、この件が業界中に広まったため、最終的にはこの縁組を認めざるを得なかった。

しかしこの一年間、冷川家の人々が悠にどのように接し、宴がどんな態度を取っていたか…悠は何度も淑美に離婚を願い出たが、そのたびに淑美は激怒し、結局彼女はそれを受け入れるしかなかった。

淑美がなぜ突然考えを変えたのか――それはあまりにも不可解で、到底理解しがたいことだった!

宴は冷たい目で淑美を見下ろし、低く響く声で言った。「離婚するつもりなら、いったいいくら払えば納得するんだ?」

淑美は笑いをこらえるのに必死だった。こんなに美味しい話があるなんて、信じられない。

そうだ、冷川家はあんなに裕福なんだから、彼女が一杯もらっても悪くないだろう。

彼女は少し考えたあと、宴が受け入れてくれるだろうと思う額を口にした。「二十億円」

「母さん、あなたはもう狂ってしまったのね!」悠は我に返り、すべてが終わったことを悟った。

宴の顔はまるで氷のように凍りついていた。彼の悠を見つめる瞳は、これまでにないほど怒りに満ち、歯を食いしばりながら低く言った。「狂っているのはお前だ」

案の定、宴はすべてを彼女たち母娘の金目当ての策略だと疑っていた。

「悠、よく聞け。離婚は認めるが、金は一銭たりとも出さない」そう言い放ち、宴は振り返ることなくその場を去っていった。

悠は本当に耐えられなかった。淑美の目に映る自分という娘は、一体何なのか。離婚しても、最後の一滴の血まで残らず搾り尽くされるだけの、ただの道具にすぎないのか?

「母さん!どうして宴にお金を要求するの?なぜなの?」

しかも、二十億円って?

宴の目には、二十億円どころか、悠にはおそらく一銭の価値すらないのだろう。

宴が去ると、淑美はすぐに強気な態度に戻った。「私がお金を要求して、何が悪いっていうの?」

「どう考えても、あなたは彼と一年も夫婦として過ごしてきたんでしょ?彼に尽くし、体も捧げた。その見返りに、少しくらいお金をもらうのは当然じゃない?」

彼女は、悠がどれほど絶望していようと、まるで気にも留めなかった。

「言っとくけど、役立たずなのはあんたよ。あれだけ金持ちの宴から、たった二十億すら引き出せないなんて」

この時点で、悠の涙はもうすっかり乾いていた。「母さん、あなたの言う通りよ。私は役立たずだわ。結婚して一年、宴は一度も私に触れなかったの」

「え?」淑美の顔が一瞬こわばった。驚きの色を浮かべた後、すぐにその唇がわずかに歪み――まるで他人の不幸を楽しんでいるかのような笑みが浮かんだ。

何よりも、そこには娘への思いやりなど、微塵も感じられなかった。

「でも、本当にどうしようもないのは――あなたみたいな母親を持った私よ」悠はバッグを手に取り、踵を返してその場を後にした。

彼女は宴に伝えたかった。一度もお金を望んだことはないと。ただ彼を美芝に返したいだけだと。

背後からは、淑美の罵声がなおも響き続けていた。

「いい度胸ね、この売女!まるで羽が生えたみたいに図々しいじゃない!」

「私を母親だと認めたくないの?だったら私だって、あなたみたいな役立たずの娘なんて認められないわよ!」

「できるなら、二度と帰ってくるな」

悠は息を切らせながら一気に正門まで駆けつけた。ちょうどその時、宴の車がエンジンをかけるところだった。

もう間に合わない。

彼女は躊躇なく車の前へ飛び出し、必死に止めようとした。

宴がアクセルを踏んだ瞬間、彼の視界の端を黒い影が素早く横切った。

そして、重く鈍い「ドン」という衝撃音が響いた。