彼のことを忘れなさい、本当に辛すぎる

「悠」美芝は首を何度も振りながら言った。「ダメよ、もう訂正はできないの」

「悠、あなたもデザイナー業界のルールを知っているでしょう。もし私がこの件を認めたら、私のキャリアはすべて台無しになってしまうわ」

悠は戸惑いながらも必死に言った。「でも姉さん、訂正しなければ、私が…」

「あなたはバルイに入りたいんでしょう?」美芝は涙をぬぐいながら言った。「このことは私に任せて」

「でも…」悠は声を震わせながら言った。「盗作犯という立場で、私はどうしても入社したくない」

「悠…」美芝は深い後悔を込めて言った。「あの時、あなたと宴のことで心が乱れて、何も描けなくなってしまった。そのせいで、こんな大きな過ちを犯してしまったの」

彼女は悠をじっと見つめ、頼むように言った。「今回だけ、私を許してくれない?私は信じているわ、あなたがバルイに入れば、きっとあなた自身の力で証明できるって」

悠は言いかけて、言葉を飲み込んだ。あの時、すでに美芝に迷惑をかけてしまったのだから、今度はそのせいで彼女のキャリアを台無しにするわけにはいかなかった。

「わかったわ。それでは、バルイの件は姉さんにお願いするわね」彼女は、後に必ず自分の実力を証明してみせるつもりだった。

美芝は小さく安堵の息を漏らした。「安心して、全部私に任せて。あとはあなたが入社の日を待つだけよ」

悠が去るとすぐ、美芝は淑美にメッセージを送った。

【絵の件は解決したわ】——おりこうな美芝。

淑美はすぐに返信を返した。

【やっぱり私たちの美芝は最高ね】——藤堂

悠は意気消沈して、再び鎖の場所に戻った。

「どうだった?美芝は何て言ってた?」鎖は好奇心いっぱいに尋ねた。

悠はソファに腰を下ろし、深いため息をついた。「彼女は認めたわ」

「え?」鎖は目を大きく見開いた。「本当に彼女だったの?なんて図々しいの!」

彼女は悠の様子に不安を感じ、少し近づいた。「悠、それで彼女はどうするつもりなの?どうやってあなたに償うつもりなの?」

悠はため息をついた。「彼女は、一時の過ちだったと言って、今さら明かせばすべてが台無しになるって言うのよ」

彼女は無力そうな表情で鎖を見つめた。「でも、バルイに入れるように手伝ってくれるって約束してくれたわ」

「ふざけるなよ、手伝うだって?彼女の厚顔無恥さにも限度ってものがあるだろ!」鎖は歯を食いしばった。

本来なら、悠は実力でバルイのトップデザイナーになるべきだった。しかし今、彼女は縁故採用で、盗作犯という立場でその場所に入らなければならない。

「もしあの女に少しでも良心があるなら、会社であなたが肩身の狭い思いをしないように動くべきよ」鎖は憤慨して言った。

二人はしばらくソファに座り、憂鬱な気分に沈んでいたが、やがて悠が先に気持ちを切り替えた。

「もういいわ、この件は水に流すことにした。バルイに入ったら、しっかり実力を見せて、彼らに…特にあの艶に、見直してもらうわ」

「うん」鎖は力強くうなずいた。「そう思えるなら、それが一番だよ。じゃあ、お祝いしよう?」

「いいね!」

結局二人は外食せず、ビールを買って家で祝うことにした。

悠の気持ちは複雑だった。一方では新しい生活が始まることに喜びを感じながらも、もう一方ではその新生活に宴がいないことを深く悲しんでいた。

彼女は知らず知らずのうちに酔い、鎖を抱きしめて涙と笑顔を交互に見せた。

「鎖、私が給料をもらったら、絶対にご馳走するわ。一回じゃなくて、三回も!」

「いいわ、楽しみにしてるわ」

「鎖、私はもうすぐ離婚するわ、へへへ、私と宴はもう何の関係もなくなるのよ」

「悠、彼のことは忘れてしまいなさい。辛すぎるわ、本当に辛すぎるのよ」

長年にわたり、鎖は悠の宴への想いを誰よりも理解していた。また、悠がこの結婚生活でどれほど卑屈になっていたかもよく知っていた。

傍観者である彼女は、自分が第二の悠にならないよう、常に自分に言い聞かせていた。

「忘れる?そう、彼を忘れるべきよ、とっくに。でも…」

「うぅぅ…鎖、本当に難しいの、どうしてこんなに難しいの?どうして?」

三日後、悠はついにバルイに入社した。彼女を迎えたのは艶だった。

「美芝はあなたの従姉?」会うなり、艶は嘲笑的な表情を浮かべ、鼻で人を見下すような態度を取った。

盗作犯は見たことがあるが、自分の親族の作品を盗作するなんて、初めて聞く話だ。

最も理解できないのは、バレているのに、それでもなお従姉に頼んで入社させてもらおうとするその厚顔無恥さだ。ここまでくると、もはや無敵と言っていい。

「はい」悠は小さく頭を下げ、蚊の鳴くような声で答えた。

しかし、彼女は艶が鼻で笑った音をはっきりと聞き取った。その笑い声は雷のように耳に響いた。

二人は道中無言で歩き、艶はすぐに悠をデザイナー工房へ連れて行くと、隅の席を指さして「あそこに座って」と命じた。

さすが国内トップ企業、設備は一流だった。

オフィス全体は明るく開放感にあふれ、巨大な窓からは都市の高層ビル群が一望できた。

中央には四つのデザイナーワークステーションが並び、広々としたスペースにはパソコン、タブレット、描画ボードなど、あらゆる描画ツールが整然と揃っていた。

一方、隅の席には一台のパソコンだけが置かれ、その質素さはオフィス全体の洗練された雰囲気とは対照的で、妙に浮いていた。

悠は眉をひそめ、四つのワークステーションのうち1つが使われていないことに気づいた。彼女はその席を指さしながら尋ねた。

しかし、悠が口を開く前に、艶は冷たく言い放った。「あそこはもう人が決まっているわ。すぐに入社してくるはずよ」

艶は悠を誰にも紹介することなく、冷たく一言だけ残してすぐに立ち去った。

悠はその場に立ち尽くし、皆が自分を見ていることに気づくと、勇気を振り絞って言った。「皆さん、こんにちは。新しく来た林悠です。よろしくお願いします」

「あぁ、あなたが部長の従妹なのね!」デザイナーの周防爽子(すおう さわこ)は作り笑いを浮かべながら応じた。

残りの二人のデザイナーは悠を上から下までじっと見つめた後、何も言わずに黙々と自分の仕事に戻った。

悠は隅の席に座りながら、美芝が部長の地位を得ていたことに驚きを隠せなかった。

あの数枚の絵のおかげなのだろうか? それだけではないはずだ、と悠は思った。

午前中ずっと、誰も悠に構わなかった。まるで彼女が透明人間であるかのように、誰一人として声をかけることはなかった。

昼食時、美芝からメッセージが届いた。

【悠、入社は順調?私はずっと忙しくて、特にあなたをよく迎えるように頼んでおいたのよ】

【とても良いわ】

【それならよかった。今夜、宴が帰ってくるから、一緒にあなたの入社をお祝いしましょう】

【結構です】

美芝はそれ以上返信することはなかった。

悠は携帯をしまった。宴が帰ってくる。彼らはすぐに手続きを済ませるだろうと、心の中で思った。

自分の心がきゅっと締め付けられるのを感じ、悠は苦笑した。もうこんな状況なのに、まだ何を悲しんでいるのだろう?と自嘲気味に思った。

その夜、退社すると、悠は宴と美芝が道端で待っているのを見かけた。

二人はあまりにも目立ち、通りかかる同僚たちが何度も振り返った。美芝を知っている人は、自然に挨拶せずにはいられなかった。

「林部長、これは彼氏?すごくかっこいいですね」

「林部長は幸せですね。彼氏が直接迎えに来るなんて、うらやましいです」

「林部長、彼氏さんすごくイケメンですね、芸能人ですか?」

美芝は笑顔で皆に別れを告げ、宴の身分については何も説明せず、間接的に認めたも同然だった。

悠はこの光景を見て、自分の心がどんどん沈んでいくのを感じた。彼女は無力感に包まれ、胸の奥が締めつけられるような気がした。

彼女は反対方向に向かって歩き出した。ただ早くその場から消えたかった。

宴は逃げようとする彼女を見て、隣にいる美芝の肩にそっと手を置いた。

「人はあそこにいる。先に車で待っているよ」