悠は宴が来るとは思っていなかった。彼女の目の中の輝きは、彼の軽蔑的な視線を受けて、少しずつ消えていった。
「いいえ、私はただ姉さんのために選んであげようと思っただけ」
「ないほうがいい」宴は鼻を鳴らした。「悠、前から警告していただろう。自分のものではないものを望むな。さもないと、ろくな結果にはならない」
悠は黙って歯を食いしばったまま、何も言わなかった。
彼女には分かっていた。宴の目には、彼らの結婚は彼女のものではなく、彼自身もまたそうだということが。
だから、今となっては、すべてが彼女自身の自業自得だった。
悠は帰ろうとした。「宴、時間があれば、私と一緒に手続きをしに行くのを忘れないで」
「悠、誰もがお前のように暇じゃないんだぞ」宴の表情はさらに険しくなった。
「でも、あなたはここに来る時間があるのに、どうして…」
「何だ?無視されているとでも思っているのか?」宴は冷笑した。「一方は俺とすぐに何の関係もなくなる人間、もう一方は俺の未来の妻だ。俺の時間をどう配分すべきか、分かるだろう?」
悠は拳を握りしめた。「冷川様がそんなに未来の妻と過ごしたいなら、さっさと私という過去の人間とさよならすればいいのに」
「悠、はっきり言っておくが、この証明書は何も変わらない」宴は背を向けて去っていった。
そのとき、美芝が姿を現した。
「宴はどこに行ったの?」
彼女はオフショルダーの宮廷風ウェディングドレスに身を包み、豊かな胸元と細い腰がはっきりと際立っていた。
大きなスカートは薄いレースが幾重にも重なり、その上に輝く宝石やダイヤモンドが散りばめられており、特に目を引いた。
悠はしばらく呆然としていた。このウェディングドレスを見ているだけで、彼らの幸せな結婚式を思い描くことができた。
「悠?宴は来なかったの?」美芝は再度尋ねた。
「ああ、さっき行ったところだよ」悠は視線を戻した。
そのとき、美芝の携帯が鳴った。彼女は画面を悠の前でちらりと見せると、発信者は宴だった。
彼女は少し離れて、電話を取った。
「物は店に置いておいたよ」宴の声には、いらだちがにじんでいた。
「わかったわ、忙しいのは分かっているから、夜一緒に食事しよう」美芝は電話を切ると、悠に向かって無力そうに首を振った。「来なくていいって言ったのに、彼が来たがったのよ」
彼女はくるりと回って、言った。「これはどう?」
「とても綺麗だね」悠は正直に言った。
「だめよ、このオフショルダーは低すぎるわ。宴は絶対に気に入らないわ」美芝は眉をひそめた。「悠、ちょっと待っていて、もう一着着替えてくるから」
「いいよ」悠はもうウェディングドレスを見る気分ではなく、隣のドレスをじっと見始めた。
この店は国内でも有数の高級店だけあって、ドレスのデザインも非常に精巧だった。
悠は見ながら、自分のインスピレーションをスケッチしていった。夢中になって描いていたため、美芝が出てきたことにも気づかなかった。
美芝は数歩前に進み、悠が描いているものを見て、すぐに何かを感じ取った。
艶は彼女たちに同じクライアントを任せたのだ。
彼女は考え込みながら、「悠、何を描いているの?ドレス?」と尋ねた。
「うん」悠はうなずきながら言った。「これは会社で受けた最初の仕事だから、しっかりやりたいんだ」
「いいわね、手伝ってあげる」美芝は悠を引っ張って脇に座らせた。「あなたのデザインの考えを聞かせて、アドバイスしてあげる」
悠は深く考えなかった。結局、美芝はバルイの部長だし、部長の意見は重要だと思ったから。
そこで、彼女は自分のデザインのアイデアを美芝に詳しく話し始めた。
「悠、そのアイデアはとても素晴らしいわ。頑張ってね、クライアントはきっと満足するわ」
悠はさらに自信を深めた。
二人はウェディングドレスを三着選び、満足げに店を出た。
美芝は悠を食事に誘ったが、悠は丁寧に断った。
「姉さん、また今度ね。明日から仕事だし、朝一番で利田部長にサンプルを渡さなきゃいけないから」
「わかったわ、悠。がんばってね!」
家に帰ると、悠は徹夜で準備を進めた。そして翌日、会社に着くとすぐに艶のドアをノックした。
残念ながら、艶はいなかった。
その同時刻、艶は美芝のオフィスにいた。
彼女が会社に着くと、受付が「林部長が呼んでいる」と伝えた。しかし、彼女が林部長のオフィスに行くと、美芝はいなかった。代わりに机の上にはいくつかのサンプルが置かれていた。
艶はそれを手に取り、じっくりと見つめると、目には敬意の光が浮かんだ。
そのとき、美芝がやってきた。
「林部長」艶は心から称賛の言葉を口にした。「サンプルを早めにデザインされたんですね。さすがです」
今日は約束の日からまだ二日も残っているはずだった。
「まだ満足できないわ、もう少し考えるわ」美芝は平静な表情で言った。「利田部長、あなたを呼んだのは、悠の最近の様子を聞きたかったの」
艶はためらいながらも口を開いた。「まあ、まあですね。彼女に仕事を任せて、彼女の描き方を見ているところです」
「利田部長は彼女に仕事を割り当て始めたの?」美芝は無理に口角を上げながら言った。「悠は経験が少なく、服のデザインもあまりしたことがないから、利田部長はもう少し待ってもいいかもしれないわ」
艶は軽く笑って答えた。「バルイに来た以上、ずっと座っているだけというわけにもいきませんからね」
美芝は軽くため息をついた。
「利田部長、誤解しないで。彼女をかばうつもりはないの。ただ…彼女が焦って、また間違えてしまうのが心配なの」
「悠には、こんなに彼女のことを考えてくれる従姉がいて、本当に幸せですね」
二人はさらに少し世間話をした後、艶はようやくその場を離れた。
彼女がオフィスに戻ると、すぐに悠がやってきた。
「利田部長」悠の表情は興奮を隠せない様子だった。彼女はいくつかのサンプルを手渡しながら言った。「前に私に与えてくれた仕事、デザインができました」
「こんなに早く?」艶は少し驚いた表情を浮かべながらサンプルを受け取った。その瞬間、心の底から怒りが湧き上がった。
彼女は顔を上げ、冷たい目で悠を見据えた。「これはあなたが描いたの?」
「はい」悠は、なぜ艶がそんな反応をするのか理解できずに首をかしげながら答えた。「利田部長はクライアントが気に入らないと思いますか?」
彼女は少し諦めきれずに言った。「デザインの説明をさせてください」
「必要ないわ」艶はほとんど歯を食いしばるようにして言った。「出て行って」
「利田部長…」悠は慌てた。やっと手に入れたチャンスを無駄にしたくなくて、必死に言葉を捜した。
「出て行けと言ったの!」艶は明らかに非常に怒っており、声が少し強くなった。
「わかりました」悠はまだ少し交渉の余地を探ろうとしていた。「利田部長の気分が良くなったら、もしこれらのサンプルについて話し合いたいなら、いつでも私を呼んでください」
悠が出て行くとすぐに、艶は手にしていたサンプルを勢いよく引き裂き、そのまますべてをゴミ箱に捨てた。
彼女は本当に狂っていた。盗作犯が改心するなんて、信じるなんて…
その後の数日間、サンプルの件については一切音沙汰がなく、悠は再び透明人間のようになった。
彼女は我慢できずに、爽子に情報を尋ねに行った。
「ドレス?」爽子は印刷されたデザイン図を取り出して見せた。「もう決まったわ。これらのデザイン、クライアントはみんな気に入ったわ」
悠はそれを手に取ってよく見ると、これらのデザイン図は彼女のサンプルとほとんど違いがなかった。
自分はクライアントに認められたの?
あの日、艶はなぜ怒ったの?
そしてこのことを自分に教えてくれないなんて!
彼女は考えれば考えるほど不満を感じた。たとえ盗作犯として会社に入ったとしても、今は実力で自分を証明したのだ。
なぜまだ彼女を見下すのか、理解できない。
「爽子、このデザイン図を少し借りるわ。すぐに返すから」
悠はデザイン図を持って、そのまま艶のオフィスに直行した。
彼女は自分のために説明を求めなければならなかった。