第21章 撮影
飛行機を降り、車に乗り、撮影現場に入るまで、夏挽沅はとても落ち着いていた。むしろ余裕すら感じさせるほどで、陳勻は彼女のこの静かな様子に居心地の悪さを覚えていた。
しかし陳勻は認めざるを得なかった。今の挽沅の姿は、以前よりもずっと好感が持てるものだった。
「皆さん、お疲れ様です。これは私が皆さんのために注文したおやつです。どうぞ食べてから仕事を続けてください」
阮瑩玉は親しみやすい笑顔で、スタッフにケーキを配っていた。
大勢に囲まれ、ちやほやされている瑩玉を見ながら、陳勻は憤りを感じつつ、淡々と台本を読んでいる挽沅を見た。
「私たちも皆に何か差し入れした方がいいんじゃない？」
「必要ないわ。私の評判はこんなに悪いんだから、今行けば人々は私が真似してるだけだと思うでしょう。わざわざ面倒を招く必要はないわ」
「......」珍しく挽沅が正しいことを言ったと感じ、陳勻は差し入れの考えを諦めたが、それでも阮瑩玉が気に入らなかった。「これじゃあずっと彼女に押されっぱなしだな」
「私がうまく演じさえすれば、誰もあんなケーキなんて気にしないわ」実力こそが人々を黙らせる最良の方法だった。
先ほど台本を見た限り、演技は挽沅にとって難しいものではなかった。
結局のところ、彼女はかつて乱世の政治的泥沼で何年も歩み続けた人間だった。
あの有名な「空手で白狼を捕らえる」会籍の戦いでは、彼女は様々な勢力の間を行き来し、異なる人々に対して異なる性格を見せ、ついに同盟軍の承認を得て、重要な都市である会籍を手に入れたのだ。
あの老獪な人々は、今の人たちよりもずっと演技が上手く、しかも彼らは本当に人を骨まで食い尽くすような存在だった。
？？？？？？
陳勻は隣で疑問符だらけの顔をしていた。お嬢様、あなたは演技の話をしているんですか？？そんなものがあなたに少しでもあれば、ネット中から叩かれることもなかったでしょうに。
陳勻は少し絶望的な気分になった。どうやら挽沅は正常になったわけではなく、むしろさらに奇妙になっていたようだ。先ほどの全ては錯覚に過ぎなかった。
「ふふ、しばらく会わなかったけど、本当に自信過剰になったわね」
挽沅は台本を置き、陳勻の皮肉には反応せず、立ち上がってメイクルームに衣装を着替えに行った。
「阮ちゃん、さっきの演技は良かったよ。役に入るのが早かった。ただ、田櫻兒の無邪気さを表現するにはもう少し工夫が必要だね」
「はい、監督。もっと頑張ります」
白いドレスを着た阮瑩玉は謙虚に監督とスタッフに感謝の言葉を述べた。
瑩玉の行動を見て、楊監督は満足げに頷いた。今のエンターテイメント業界では、演技が上手くて謙虚な人はめったにいない。
特に女二号が明らかに反面教師である場合はなおさらだ。天霊姫の複雑な人物像を思い浮かべると、楊監督は頭が痛くなった。将来お金ができたら、絶対に資金提供者の起用は拒否しよう！
監督だけでなく、スタッフの他のメンバーも内緒話をしていた。
「阮ねえさんは本当に人柄も演技も素晴らしいね」
「当然だよ。夏挽沅みたいなバカよりずっといいに決まってる。夏家は本当に破産したみたいだね。今日の挽沅はすごく大人しかったよ」
「そうそう、さっき現場に入ってきたとき、私なんか気づかなかったくらい。静かすぎて」
「女一号から女二号に降格したんだから、あの演技じゃエキストラでさえ難しいだろうね」
カメラマンがまだペチャクチャ話していたが、仲間が全く反応していないことに気づいた。周りの人々も静かになっていた。彼は不思議に思って口を閉じ、仲間の視線の先を見ると、その場で言葉を失った。
淡い紫色の地面に届く二重の細雨寒絲の水の裾のドレスを着て、深い色の織錦の帯で掴めないほど細い腰を締め、玉兎が描かれた提灯を手に持っていた。
役柄の必要上、顔には薄いベールをかけていたが、それがかえって露出した双眸の情感を際立たせ、か弱く魅力的に見せていた。まるで江南煙雨の中で最も美しい水墨画のようだった。
皆はしばらく呆然としていて、誰なのか分からなかった。衣装係が天霊姫の衣装を見て初めて気づいた。なんてこった、自分がこんなに衣装選びが上手いとは知らなかった！
「夏挽沅？！！」彼女が思わず声を上げると、皆はようやく、彼らが散々悪口を言っていた相手がこの人々を魅了した女性だと気づいた。
「監督、準備ができました」挽沅が赤い唇を開き、清らかな泉のような声が、ついに静寂を破った。
陳勻は冷静な顔をしていた。挽沅が美しいことは知っていたからだ。彼が心配していたのは挽沅のバカみたいな演技だった。まあ、美しいだけでも良しとしよう。少なくとも批判は少なくなるだろう。陳勻はもう諦めていた。
この時、最も喜んでいたのは楊監督だった。監督として、役者の役柄の完成度に最も敏感な感覚を持っていた。今目の前にいる挽沅は、原作の「天下第一の絶世の美女」である天霊姫がどのようなものかを本当に理解させてくれた。
しかし挽沅の演技を思い出し、楊監督はため息をついた。仕方ない、これからは顔のアップを多く撮って、細かい表情や目線は少なめにしよう。
「よし、各部署位置について、第二シーン準備」
楊監督がメガホンで叫ぶと、皆は驚きから我に返った。
「うわ、これはマジで美しい！」
「他はともかく、挽沅のこの顔は最高だ」
今日撮影するのは、天霊姫と主人公の林霄が灯籠祭りで初めて出会うシーンだった。
原作では、幼い頃から深宮に閉じ込められていた天霊姫が、ある灯籠祭りの時に宮殿から抜け出し、祭りを見ている間に財布を盗まれる。
追いかける途中で主人公に助けられ、一目惚れしたことから、その後の一連の複雑な関係が始まる。
「よし！照明、カメラ注意、スタート！」
監督の合図で、様々な灯籠で飾られた通りに、人々が行き交い始めた。
カメラがゆっくりと寄り、淡い紫色の優雅な姿がフレームに入ってきた。
小公主様は初めて宮殿を出て、外の世界の賑やかさ、喧騒に驚き、彼女が見たことのないすべてのものを好奇心いっぱいに見回していた。
挽沅は自分が初めて宮殿を出た時の様子を思い出した。少し怖かったけれど、同時にわくわくして、子供のように自分がまだ触れたことのないすべてのものを見回していた。
「早く、カメラを寄せて、挽沅の目をアップで撮れ！」
元々遠くから撮っていたカメラが、突然蝶のように軽やかで生き生きとした目元にフォーカスした。
ベールで表情は見えないため、キャラクターの心理を表現するには目の演技に頼るしかなかった。
そして現場の人々は、その目から無邪気さ、朦朧とした感じ、好奇心、喜び、探りを見出し、さらには長い間宮殿に閉じ込められ、たまに外の広い世界を見る悲しみまでも感じ取った。
「......」
陳勻は今や目玉が飛び出るほど驚いていた。これが挽沅？？！この演技は太上老君の炉で一万回作り直されたんじゃないか！
カメラが切り替わり、怪しげな泥棒が挽沅の側に近づき、人混みの中で小公主様の財布をこっそり盗んだ。
髪飾りを買おうとしていた小公主様は財布がないことに気づき、急に顔を上げて逃げる泥棒を見た。目に恐怖と悔しさが浮かび、最後には「泥棒！」と大声で叫んだ。
外で見ていた人々は、この困り果てた目を見て、自ら前に出て泥棒をボコボコにしたい衝動に駆られた。
この時、主人公の林霄が登場した。元々木の上で星を見ていたが、足元から騒ぎが聞こえ、小さな女の子が困っているのを見て、目に不快感を浮かべ、木から飛び降りた。
見事な回転キックで、簡単に小泥棒を捕まえた。
「はい、お嬢さん、あなたの財布です」
林霄を演じているのは有名な演技派俳優の秦塢だった。灯籠の下で、背が高く堂々として、濃い眉と星のような目に優しい笑みを浮かべた侠客の姿は、目の前の小公主様を慌てさせた。
輝く瞳に恥じらい、喜び、感謝の色が浮かんだ。
「ありがとうございます」
小公主様は手を伸ばして財布を受け取ったが、その笑みを浮かべた目を見上げる勇気はなかった。
そのとき、軽い風が吹き、泥棒を追いかける途中で緩んでいたベールが風に乗って飛んでいった。
「早く、アップで撮れ！」楊監督は興奮のあまり手を握りしめていた。
アップが寄る。
ベールが吹き飛ばされ、目の前の美女は眉が翠の羽のよう、肌は白雪のよう、腰は束ねた絹のよう、歯は貝を含んだよう。林霄の目に驚きが浮かんだが、彼にはすでに幼なじみの弟子がいたため、目に驚きと葛藤が浮かび、最後には平静に戻った。
ベールが落ちたことに気づいた小公主様は、慌てて顔を上げて目の前の侠客を見た。彼の目に浮かぶ驚きをはっきりと見た小公主様は、ピンク色の顔を手で覆ったが、覗く目には恥じらいの他に、少女特有の密かな喜びも浮かんでいた。両耳たぶも真っ赤に染まっていた。
「カット！素晴らしい！最高だ！このシーン終了」
楊監督が三度「素晴らしい」と言ったのは、挽沅がこのシーンを完璧にこなしたことを示していた。現場のスタッフも彼女の演技を見ていて、今は誰も何も言わなかったが、挽沅を見る目は明らかに変わっていた。
監督がカットを掛けると、挽沅はすぐに普通の表情に戻り、顔に浮かんでいた初恋の桃のような高揚感は消えていた。
「......」
目の前の秦塢は挽沅があまりにも早く役から抜け出すのを見て、内心呆れていた。
彼は最初このシナリオを断りかけた。挽沅の演技がひどいと聞いていたからで、時間の無駄になるのは嫌だった。
今見ると、噂は信じられないほど間違っていた。もし挽沅が彼の前でこんなに早く役から抜け出さなければ、さっきの恥じらいと怯え、春の気配を感じさせるような様子から、彼は本当に挽沅が彼に好意を持っていると思ったかもしれない。