第30章 花の海

「パパ!」小寶ちゃんは君時陵を見ると、すぐに布団から飛び出した。彼はまだ君時陵が気持ちを変えたのだと思っていた。

君時陵の足にしっかりとしがみつき、「パパ、約束したよね」

「……」

君時陵は顔を曇らせ、小寶ちゃんを床から抱き上げて胸に抱きしめた。「床は冷たいのに、何を走り回ってるんだ」

ベッドの上で夏挽沅は外から届けられたシルクのロングドレスを着ていた。普通なら何とも思わない服装だったが、君時陵に一瞥されただけで、なぜか全身が落ち着かなくなった。

布団で肩を隠しながら、挽沅は内側に少し移動して、大きなスペースを空けた。

小寶ちゃんは挽沅の胸に潜り込んだが、手は時陵の腕を離さなかった。

「手を放しなさい、着替えてくる」時陵は小寶ちゃんに手を放すよう促した。

小寶ちゃんはようやく渋々手を放した。時陵が浴室から出てくるまで、小寶ちゃんは大きな目を開けたまま待っていた。そして彼の隣の挽沅はすでに目を閉じていた。

「パパ、早くこっちに来て」

小寶ちゃんは声を低くして、時陵に手招きした。時陵は布団をめくって横になった。布団の中はすでに暖かく温められていた。

小寶ちゃんは片手で挽沅を、もう片手で時陵を引っ張り、ようやく満足して目を閉じた。

室内の灯りは、部屋の人々が次第に眠りにつくにつれて、自動的にスリープモードに調整され、わずかな明かりだけが残った。

明るい灯りの下で隠されていた激しい感情が、今や夜の闇の中で無限に広がっていた。

時陵が横になっている場所は、さっきまで挽沅が寝ていた場所だった。今、枕から漂う香りが時陵の鼻先に絡みつき、彼はなかなか眠りにつけなかった。

隣の人の呼吸はすでに穏やかになっていた。時陵が少し頭を回すと、小寶ちゃんはすでに熟睡の中で時陵の手を放し、完全に挽沅の腕の中に転がり込んでいた。

そのため時陵が頭を回すと、夜の闇に隠された挽沅の顔と向き合うことになった。薄暗い光が彼女の輪郭を細かく描き出し、まるで深遠な魅力を加えているようだった。

時陵はしばらく静かに挽沅を見つめ、それから布団に埋もれている息子を見て、目を閉じ、深い眠りに落ちた。

部屋の外では雨が徐々に小降りになり、細かい雨が窓を伝って流れ落ちていた。部屋の中は温かさが広がり、美しい夢が部屋の人々を包み込んでいた。

翌朝早く、雨上がりの晴れた日差しが窓から差し込み、ベッドの上で踊っていた。挽沅が目を開けると、ベッドには時陵の姿はもうなかった。

腕の中の小寶ちゃんはまだ眠っていた。挽沅は時間を確認し、小寶ちゃんはあと1時間寝ていられると判断し、そっと動いてベッドから起き上がった。

ドアを開けると、使用人たちがすでにドアの前で長い間待っていた。

アクセサリー、服、コート、靴と、十数セットも用意されていた。

「夏お嬢さん、どれかお選びください」

……

挽沅は一瞬、前世に戻ったような感覚を覚えた。長公主として、多くの人々に仕えられていた光景が蘇った。

「これにします」

挽沅は適当に指さし、使用人たちは挽沅を着替え室へと案内した。

挽沅はシンプルなホームウェアを選んだ。柔らかいアプリコット色のウールセーター、肩のところでわずかにオフショルダーになっており、玉のように白い鎖骨が少し見えていた。

約10分後、挽沅は身支度を整えて階下に降りた。時陵はダイニングテーブルで朝食を食べていた。彼はいつも会社に早く行くため、いつも早めに朝食を取っていた。

逆光の中でダイニングテーブルに座り、背後からの日差しが時陵に暖かい光を纏わせていた。白いシャツを着た時陵は、挽沅が階下に降りてくる音を聞いて顔を上げた瞬間、まるで玉のような君子の姿だった。

「おはよう」挽沅はうなずいて挨拶し、時陵は「ああ」と一言返しただけで、また顔を下げた。

「夏お嬢さん、坊ちゃんはまだ起きていませんが、先に食事をされますか?キッチンでは十分な食事を用意しております」

王おじさんは挽沅が主寝室から出てくるのを見て、彼女を見る目がますます奇妙になり、態度も良くなっていた。

「後で小寶ちゃんと一緒に食べます。少し外を散歩してきます」

「かしこまりました」

雨上がりの晴れた朝、空は碧い海のようだった。深呼吸すると、湿り気を含んだ空気が全身を爽やかにした。

地面の芝生では、尖った小さな草の上に今にも落ちそうな露の滴が、日光の照らす中で輝いていた。

名も知らない青い小さな花が、星のように草むらの間に散りばめられていた。

白い木蓮、赤いバラ、ピンクの桃の花が、鮮やかな花の海を咲かせていた。

一晩の雨で、大量の花びらが地面に流され、一面の花と泥になっていた。青い石畳の道はすでに花の道と化していた。

大雨の中でも枝にしっかりと残っていた花々は、今や水滴を纏い、花びらは瑞々しく、水滴は透き通り、そよ風が吹くたびに花の香りを運び、花びらの雨を降らせていた。

花の海の中、花びらが舞い散り、木の上の水滴は日光に照らされて輝きを放っていた。顔を上げて花を見つめる挽沅は、仙女のように美しく、人が美しいのか、花が美しいのか、一時は区別がつかないほどだった。

車が門に向かって走る途中、時陵は車の中から、まさにこのような光景を目にした。深い瞳を細め、まるで狼が最高の獲物を見つけたかのようだった。

君家は確かに広く、花園を半日歩いても、挽沅は端まで行き着かなかった。時間を確認すると、小寶ちゃんもそろそろ起きる頃だったので、挽沅は来た道を戻ることにした。

ドアに入るとすぐに、小さな団子のような子供が階段を駆け下りてくるのが見えた。

「ママ!いなくなったかと思った!」

小寶ちゃんは少し慌てた様子で挽沅を抱きしめた。

「ママはどこにも行ってないよ、外でお花を見てただけ。ほら」挽沅はそう言いながら小寶ちゃんに木蓮の花を渡した。白い花びらにはまだ露の跡が残っていた。

「きれい!ママ、ご飯食べに行こう、お腹すいた」挽沅が自分を置いていかなかったと知り、小寶ちゃんは完全に安心した。

食事を終えると、小寶ちゃんは運転手に送られて学校へ行った。挽沅はソファに座り、夏瑜に電話をかけた。

この期間、君家に住みたくないが、夏家にも帰りたくない夏瑜は、珍しく学校の寮に戻り、数日間おとなしく集団生活を送っていた。

「誰だよ???」

夏瑜は外では悪魔のような存在だったが、寮に戻ると、純粋な同年代の人々に囲まれ、同年代の若者らしい一面も見せていた。

すぐに寮の仲間たちと打ち解け、昨晩は半分負傷した腕でも寮のみんなと一緒にゲームをして2、3時まで起きていた。突然の電話の着信音で起こされ、非常に不機嫌だった。

反射的に電話を切ったが、着信音は執拗に鳴り続け、寮の全員が起こされてしまった。

夏瑜は恨めしそうに電話に出て、非常にいらだった口調で答えた。

「夏瑜、まだ起きてないの?」電話の向こうの軽やかな声に、夏瑜の眠気は一気に吹き飛び、いらだった口調も消えた。

「起きてるよ、朝ごはん食べてるところ」夏ぼっちゃんは嘘をつくのに下書きすら必要としなかった。

「そう、じゃあ30分後にマンションで待っててね、私帰ってきたから」

?!!

「30分後?!」夏瑜はこれで完全に目が覚めた。

「どうしたの?朝ごはん食べてるんでしょ?10分で食べて、学校からマンションまでは15分だから、30分あれば十分でしょ」

挽沅はそう言って電話を切った。

ベッドの上の夏瑜は、鯉のぼりのように跳ね起きた。