第306章:彼女はまだ自分を信じていない

古川真雪はずっと彼が夏目宣予を好きだと勘違いしていた。一方、久保清森は自分の行動で立場を明らかにし、宣予との付き合いを絶てば、真雪に自分と宣予の間に何もなく、宣予のことも好きではないということを理解してもらえると思っていた。

しかし女性は違う。例えば真雪のように、多くの場合、清森から説明を求めたいと思うものだ。

清森は真雪の考えを理解していなかった。彼が真雪はまだ自分と宣予の間のことを気にしていると気づくまでは。

彼女はまだ自分を信じていないのだ。

真雪がお風呂から出てきたとき、ドアをノックする音が聞こえた。ドアを開けると、清森がトレイを持って立っていた。トレイの上にはフルーツの盛り合わせと牛乳が二杯置かれていた。

「今夜は満月だって。一緒にバルコニーで月見でもしない?」

真雪は彼の手にあるトレイをちらりと見て、彼の顔を見上げてから頷き、彼を中に入れた。

彼女の部屋の外には広々とした洗練されたバルコニーがあり、春夏の季節には、彼女はよく夕方や夜に座って本を読んだり、夜景を眺めたりしていた。

夜の気温は日中のような蒸し暑さはなく、かなり下がっていた。夜風が吹くと、心地よい涼しさが混じっていた。

清森の言う通り、今夜の夜空には満月が掛かっており、とても美しかった。

真雪は椅子に慵懶と座り、目の前の大きな満月を見つめながら、顔に穏やかな表情を浮かべていた。

清森は横目で彼女を見て、薄い唇を開き、優しい声で呼びかけた。「真雪。」

「うん?」

彼女の喉から出た音は非常にシンプルだったが、心をくすぐるような可愛らしさと魅力を帯びていた。

清森は思わず口角を緩めた。彼は視線を前方に向けた。

寂庵レジデンスは市の中心部に位置し、高所から見下ろすと、都市の繁華さを一望できる。通りには車が行き交い、絶え間なく流れ、市の中心部のあらゆる角が明るく照らされ、まさに不夜城だった。

「実は鎌田敬賢が中村暖月を好きだから彼女の夢を叶えるのを手伝ったわけじゃない。同情からだった。幼い頃に実の父親を亡くし、養父から虐待され、血のつながりのない兄に虐げられた暖月への同情だ。」

彼の声は平静で、わずかに気づきにくい諦めを含んでいた。