謹言の表情は少し和らいだ。今の彼の立場では、確かに彼女のプライベートに過度に立ち入る必要はなかったのだ。
彼女が階段を上る後ろ姿を見つめると、知らず知らずのうちに視線が釘付けになっていた。
そのとき彼は気づいた。瑠璃は鮮やかな赤いドレスを纏い、黒髪はふんわりとボリュームを持ち、頭頂部は高く整えられ、どこか香港風の雰囲気を漂わせていた。髪の下から覗く蝶の骨格は鮮明で魅惑的だった。
階段を上るたびに、細いヒールがしっかりと地面を捉え、腰がゆるやかに揺れてしなやかな柳のようにしなやかで妖艶だった。彼の視線はその一挙一動に目を奪われ、まるで眩むようだった。
いつの間にか、彼女はこんなにも人の視線を惹きつける存在になっていたのだろうか?
謹言は、瑠璃が消えていった階段の先をただ見つめ続けていた。彼女の姿はとうに見えなくなったというのに、彼の足は地に縫いとめられたように動かず、思考はその残り香の中で静かに絡まっていた。
元妻は何もしていないというのに、彼の心はたやすく掻き乱されてしまった。謹言の気分は、まさに最悪だった。
階上で買ってきた華やかなドレスを丁寧にクローゼットに掛けながら、瑠璃はふと立ち止まった。――そういえば、謹言は「今日は忙しい」と言っていなかったか?
家で暇にしているのなら、この絶好の機会を逃す手はない。
瑠璃はシースルーの袖がついた丸首の白いブラウスに着替えた。美しい鎖骨が、透けるような薄布の下にほんのりと浮かび、ピンクのフリル付きショートスカートと絶妙に調和している。髪はふんわりとしたお団子にまとめ、生え際には数本の短い毛束をわざと残して、柔らかで幼さの残る印象を添えた。その姿はまるで仙女のように、どこか現実離れした雰囲気をまとっていた。
階下に降りると、謹言は冷ややかな表情を浮かべ、誰かに対して怒りを押し殺しているようだった。テーブルにはコーヒーがこぼれたままで、茶色い液体がカーペットにまで染み出していたが、周囲の誰も片付けようとはせず、ただ緊張した面持ちで彼の機嫌をうかがっていた。
女神のように輝く瑠璃の姿を目にしても、謹言の表情はまるで氷のように変わらず、むしろその眼差しにはさらに深い陰りが差していた。
マリー・スー小説に登場する強引系社長タイプに対して、瑠璃は常に一線を引き、敬して遠ざけていた。この手の男たちは、得てして気まぐれで横暴、非常識な言動が多く、さらに少しでも恨みを抱けば、根に持つ傾向があったからだ。
言葉が喉元まで出かかったが、結局、瑠璃は微笑みながら丁寧に尋ねた。「今、お時間があれば――一緒に区役所に行って、離婚届をもらいませんか?」
謹言は顔を横に向け、冷たい視線で彼女を見つめた。鼻から吐き出された息は、まるで嘲笑のように冷たかった。「昨夜はあんなに泣いて、俺と別れたくないって縋っていたのに…今日はどうして急に心変わりした?」
瑠璃は無邪気な笑みを浮かべて言った。「どれだけ引き止めても、あなたが本当に愛しているのは、ずっと汐さんでしょう?」
謹言は言葉に詰まり、しばらく沈黙の後、少し怒りを含んだ口調で言った。「それが分かっているなら、いい」
「ええ、私は分かっています」瑠璃は目尻を下げて優しく言った。「お祖母様には、私が自ら離婚を望んだと伝えます。だから、あなたは何も心配しなくていいのです」
謹言は一瞬言葉を失い、無言で瑠璃を見つめ続けた。やがて深いため息をつき、複雑な表情を浮かべたまま視線をそらした。
確かに思いやりがあり、彼を満足させる言葉のはずなのに、なぜか彼の耳には不快に響いてしまうのだろうか。
区役所へ向かう道中、二人の間には静寂が漂っていた。謹言は黙々とハンドルを握り続けていたが、視界の端に揺れる一対の白く細長い脚が目に映った。彼の目の前でその脚はゆったりと揺れ、時折優雅に交差し、またある時はつま先立ちになっていた。
謹言は眉をひそめ、ネクタイをぎゅっと引きながら無言でエアコンのスイッチを入れた。口元は下がり、明らかに苛立ちをにじませていた。
しばらくすると、瑠璃は冷たい風にさらされ、露出した二本の脚が凍えるような寒さを感じ始め、優雅な姿勢を保つことが次第に難しくなった。
瑠璃は彼に向き直り、穏やかな声で言った。「もう少し暖かくしてもらえますか?ちょっと寒いんです」
謹言は真剣な表情で言った。「そうか?俺はむしろ暑く感じるけどな」
瑠璃はしばらく沈黙した後、真夏にスーツを着て、シャツのボタンをきっちり留め、ネクタイを完璧に締めている彼の姿を思い浮かべ、確かに少し暑いのかもしれないと感じた。